
俄然闘志が湧いてきた。
いただきものを、さっそく試してみようじゃないか。なん年も前に一度試したきりで、手順など思い出せない。失敗したって、どうって問題じゃない。
よく洗ったさつま芋をひと口大にカットして、水にさらしておく。ほかの作業を進行しているから、時間は適当だ。だいぶ長い。網目ボウルに取って完全に水切りする。時間節約のために、キッチンペイパーの助けも借りる。
低温油でゆっくり揚げる。五分も揚げただろうか。網杓文字ですくったサンプルひと欠けらに爪楊枝を刺してみて、スッと刺さるていどだ。いったん油切りに取ったら、火を強める。高温油で二度揚げだ。時間はうんと短い。表面をカリッとさせるだけのことだ。ふたたび油切りに取る。
中華鍋でタレを作る。水少々に醤油少々、酒はさらに少々で砂糖だけはかなりたくさん。玉杓文字でのヤマ勘だ。水2、醤油1、砂糖5、くらいか。正しくは味醂も、ということなのだろうが、わが家には常備しなくなって久しいので、酒を少々差して砂糖を多めにしたわけだ。多分こんなもんだろう。
フライパンを用いずに中華鍋で済ませる理由は、底が丸くてタレが溜るから、少量でも水深が出る。あとで芋に絡みやすいかとの胸算用だ。火にかけて中華杓文字の背で緩く掻き混ぜながらトロみが出るのを待つ。出たら油切りの芋をすべて投じて、絡める。
市販の大学芋には、よく黒胡麻がまぶしてある。わが家にはない。擂り胡麻を振りかけておく。
色艶の悪い、いかにも不味そうなもんができた。工程のどこかが正しくないのだ。油の温度か揚げ具合か、タレの調合かトロみ具合か。判らない。
試食してみる。思わず大声で唸る。美味い。当然だ。芋が好いのだ。タレの味加減も悪くない。あとは色艶の問題だな。手順もしくは手際の問題だ。大学芋ならぬ、これは予備校芋である。大北君ご恵送の芋は、まだある。俄然闘志が湧いてきた。

全国が高気圧に覆われて、がいして好天に恵まれた日曜だという。ということはどこも人出が一杯で、今日も私なんぞの外出には適さぬ日ということか。
いただきものに手を着ける。ハムをスライスして表面軽く焼いた。魚も焼く。今日は鰈だ。火の通し過ぎに注意。芋を器に盛る。膳を賑やかにし過ぎるには及ばぬから、一日一個がお約束の玉子は炒飯にしてしまおうか。玉ねぎと、それになんと今日は焼豚がある。ウインナで間に合わせている日ごろの炒飯とは、わけが違うぞ。
お心遣いくださったかたがたは、歳末から新年へかけての時期を少しでも楽に過せるようにと慮ってくださったのかもしれぬが、御意に背いて恐縮ながら、片っぱしから手を着けてしまう。年越し頃には、尽きてしまっているかもしれない。ご了承願うしかない。その時分にも同じように動いていられるなんぞという、保証のない身である。
芋のある膳。魚のある膳。肉のある膳。豊作でござる。