
「はやく起きた朝は」っていう番組があったなぁ。今もあるのかしらん。森尾由美さんって、好きだったなぁ。
二日間起きていたから、二日分眠るのだと意気込んで、ぐい吞み二杯(半合か)の熱燗やって、就寝したものの、倍の時間は寝ちゃいられない。熟睡したつもりでも、夜間(つまり昼間)頻尿はやって来る。平常五割増しの横臥時間を経て、起きればすでに陽は傾いている。
日本共産党の活動員氏が来訪。日ごろからなにかと、地域の情報をお教えくださる、大学の先輩にあたるかただ。重篤な病からご本復なさって、自転車で移動しておられたが、最近徒歩で動けるようになったという。ツルゲーネフ短篇の翻訳も、再開されたとのことだ。今回の衆議院議員選挙では、なにの準備が間に合わないなどという以前に、候補者の顔ぶれを揃えるのにさえ難儀する、それほどの急展開だという。
「浅沼稲次郎の演説に、米帝国主義は日中共同の敵、ってのがありましたねぇ」
「それより飛鳥田一雄んときの、社公合同ってのが、ひどかった」
今さら取返しがつくはずもない昔の記憶を、老人二人が玄関先で立噺した。
一時間ほど経ったころ、公明党の活動員ご夫婦が来訪。印刷物を置いてゆかれた。ポスターを貼らせて欲しいとおっしゃったが、拙宅からは塀がなくなってしまいましたからと、ご辞退申しあげるしかなかった。
さて、とにかく本日の一食を摂らねばならぬ。極端に時間がない。通常に輪をかけての手抜き炊事だ。たしかレトルト食品のハヤシがあったはずだ。
いつの頃からか、ビッグエーででレトルト食品を補充するさいには、カレーを三袋にハヤシをひと袋買う習慣となった。それなりの経緯がある。
あれこれ買っては食べ較べた時期があった。なるほど高価なだけのことはあるだの、これは私向きでないだのと、勝手に品定めしては、悦に入っていた。甲乙つけがたい満足度であるならば、価格の安いほうを採るべきだ。さらに考えが進んで、味に不満があるのなら、自分で手を加えればよろしいだけであって、つまりは廉価が上だ、という心境に至った。
次は利用頻度だ。カレーとハヤシとを同数買っていると、いつもカレーの在庫が尽きて、ハヤシが余る。その日その日の気分で選択使用してゆくと、毎度そうなるのだ。これは一度調査してみなければならない。1:2、1:3、1:4と買い較べてみたら、どうやら1:3が、自然欲求に近いという実験結果が出た。それ以来、ハヤシひと袋にカレー三袋を同時購入するようになった。
ところがそうなると、在庫状況が心理を圧迫するようになった。今日はハヤシの気分かなと思っても、いやいやまだカレーが複数残っているから、カレーが先だろうなんぞと思うようにもなった。心理的窮地の最たるものは、残りがカレー・ハヤシ各ひと袋となった時で、いずれを最後に残すかを、かなり真剣に迷うのである。
これはいけない。こんなことで心理的圧迫を受けるのはよろしくない。対策を講じて方針を確立せねばならない。妙案を思いついた。1:3で購入した商品を保存箱に収めるさいに、ハヤシを底にしてカレー三袋をその上に重ねる。上から順に使ってゆき、ハヤシが出たら在庫切れの合図だから、次回の源ちゃんメモ(買物リスト)に記入する。ただし、今日はどうあってもハヤシだという気分になった場合には、方針を崩してもかまわない。これをわがルーティンと定めたのだった。で、余計な気遣いを免れる。
冷蔵庫に収める必要のない在庫食品は、ボール箱に収めて、食器棚の上に積みあげてある。収納棚の奥に仕舞ってしまうと、つい忘れてしまうからだ。タオルだのワイシャツ生地だのの箱を捨てずに取ってあるから、活用する。
現在のところこの方針が、わが日常でうまく機能している。
一種のシステム科学だ。暮しのなかに不合理(疑問)を発見する。→実状を調査し、程度や数値を測定する。→数値に合った方針(システム)を構築し、試運転する。→試運転で生じた心理的問題点(不合理)を改良する。→方針をルーティン化する。
すでにルーティン化を達成してあるわが台所においては、今日がハヤシライスである以上は、次回のビッグエーでの買物において、レトルト食品棚で立停まって、ハヤシひと袋とカレー三袋とを買うこととなる。
じつを申せば、ひそかにこれと思う作家たちが、このシステムにて創作しているらしいと確かめてはあるのだが、まだ発表しない。ハヤシライス文学論、ハヤシ系作家などとレッテルを貼られてはさぞ不愉快だろうと、これでも気を遣っているのだ。