一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

旧友再会



 中国のお菓子を、お土産にいただいた。手提げの紙袋まで、コテコテ中国だった。

 朋あり遠方より来る。名古屋の有名大学にて勤めあげ、今は名誉教授となった同齢の友人から、突如連絡があった。東京へ行くからお茶でも飲もうとのお誘いだ。会うのはじつに久しぶりだ。
 わが町までご来駕くださるとのことなので、駅にて待合せる。あちらがトキワ荘方向、ここが神社、そしてここが帝銀事件の跡地と、駅周辺を軽くご案内してから、ロッテリアに腰を落着けて話し込む。

 若き日に、とある同人雑誌創刊の下相談にて知り合った。甲論乙駁と揉み合うなかで彼は離れ、私は参加した。それ以後も同じ雑誌に身を寄せる機会はなかった。小林秀雄に注意を凝らしていた彼だったが、その後学究の道を突き進み、夏目漱石谷崎潤一郎太宰治そして小林秀雄ほかについての著作をまとめあげた。学界を意識した精密な論文集もあれば、岩波新書など一般読書人向けの啓蒙的著書もある。
 かといって学界にあって名を挙げることにはいたって不熱心で、抽象的思弁にも文学史的些事にも興味を示さなかった。みずから作品中に身を沈めるかのように未読と追体験とを重ね、作中人物ひいては作者が日常とした「空気」はいかなるものだったかを、みずからの論中に再現してみせた。提唱されたいくつかのキーワードは、今もって有効で、新たな読者の導きの灯となり続けている。

 日本近代文学を味到した点では、私ごときよりずっと先まで往った彼だから、今でも市民自主講座だのカルチャースクールだのと、出番は私なんぞよりはるかに多いと見える。
 しかし今さら意見の相違でもない。ご子息らがすべて独立なさって、老後の自炊暮しとなった今ともなれば、私との会話も穏やかなものだ。あいつ元気か? 音信あるか? 健康数値はどうだ? 酒は飲んでるか? 台所は大丈夫か? 夜は眠れるか? 時間つぶしの趣味はあるのか?
 どうにか健康を維持して再会を果せるように、お互いせいぜいとエール交換して、またたく間に二時間半が経った。
 せっかくこの地まで来たのだから、熊谷守一記念美術館を観て帰りたいという彼を、徒歩十五分ほどの道のりの同館まで案内して、別れた。
 

 中国の菓子舗謹製の菓子は、パイナップルケーキだった。外箱に印刷されたオール中国語の説明書から、なんとか意味だけでも想像できぬものかと、老眼鏡だけでは足りずに、電気スタンドの光度を上げる。
 パイナップルとは中国語でかように記すのか。北京の店らしい。郊外の〇〇県が製造工場で、北京市内は販売会社ということか。「委託」「受託」なるほど。材料と含有成分を示すのは、日本と同様か。というより輸出入の約束事で、表示せねばならぬのだろうな、きっと。糖分は読めるけれども、タンパク質とはこう記すものか。
 台所のテーブル前に腰かけたまま、なかなか開封する気になれず、夜更けてから、ようやく一個目を頂戴した。美味い。
 老人同士の再会と別れには、つねに、もしこれが最後となっても、お互い苦情は申すまいとの約束が伴う。むろん双方とも、口には出さぬけれども。