一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

麺週間



 鼻風邪と花粉防衛とで、外出を控えた一週間を過した。
 せっかくの機会だから、一度は日記上にまとめておかねばならなかった回想案件を、このさい片づけて、胸のつかえがひとつ外れた。

 うっとうしい噺ばかりが続いてもと、中ほどに一日だけ、関連あるようなないような、やっぱりない脱線噺を挿入しておいた。 炊き置きの冷凍飯が切れたのに次を炊かず、食糧保存箱の麺類在庫の一掃を企てた噺だ。米なしでどこまで行けるもんだか、試してみようとの、他愛ない実験精神が湧いていたのだ。

 
 なかには、たんなる保存食消費なんぞと片づけてはバチがあたる、伝家の宝刀を抜いた日もあった。
 日ごろからなにくれとなくお教えくださる、ご近所の奥さまがある日、これはお奨めヨと、お裾分けくださったのが「日清ラ王・柚子しお」という商品だ。私はといえば、スーパーの棚でつねに最安値のお徳用商品ばかりを選んでいる。その様子を日記でご覧くださった奥さまが、ホントに美味しいんダカラと、いわばお導きくださったのだった。
 これはあだや疎かな品ではない。ドレドレと、すぐさま頂戴するわけにはゆかない。なにかしらの故ある、晴れの日にいただくことにしようと、食糧保存箱の壁ぎわに収めたまま今日にいたった。今回の保存食一掃作戦におけるひとつの頂点として、ありがたくかつ美味しくいただいた。

 
 日ごろ買い慣れぬ白菜を買い足しながら、独り鍋を継続させている。野菜類を大量に摂取できるからでもあるが、麺類をあれこれ美味しくいただきたい気持からだ。〆の麺を考慮して、鍋を仕立てているようなものだった。始めは。ところがである。

 茸はえのきか舞茸か。いやシメジを試さなくてよいものか。動物質はウインナと竹輪だけじゃなくて、つみれかじゃこ天か、それとも普通のさつま揚げでどうだ。だいいち野菜にしてから、私は長ねぎを使わないから、どうしたって玉ねぎとなる。熱の通し加減は、白菜よりどれくらい長く通すべきか。また豊富に在庫する人参を使いたいが、これは鍋の湯だけでは無理で、下茹でか電子レンジの過程を欠かせない。小口切りの厚みと熱通しの加減はと、次から次へと実験・観察の必要が生じてきてしまう。
 そこへもってきて、かつて「日清ラ王」をくださった奥さまが今度は、千葉から珍しい菜が届いたノと、ズシリと重いビニール袋をくださった。茹であがった青菜の束だったが、端っこを口に入れてみると、味も独特だし繊維も小松菜より勁い。これはお浸しにしたところで、歯のない私には難敵だ。つまりは鍋の具にちょうどいい。
 ここまでにしておこうと思ってみたところで、いやはや、またぞろ白菜を買い足す仕儀となる。

 鍋の具は、日を追って盛り沢山となりゆく。〆のうどんが重く感じられ、中華麺にしたい。そんな好都合なものは在庫にないから、インスタント袋ラーメンの麺だけを茹でて使う。茹で汁と小袋に入ったスープの素とは、翌日、うどんの味付けに使う。
 なおも具は増える。夜も更けるから、熱燗ちびちびの鍋となる。「NHKラジオ深夜便」を聴きながらとなる。〆のうどんは半量にして茹で置いてあったが、それすら重く感じられてくる。鍋底の残り汁を湯で割り、玉子を溶き差して、玉子スープにして飲む。茹でてあったうどんは、明日回しだ。

 エーっと、今あるものは、アレの半端と、アレの片割れ残りと、アレの味スープだけと、アレの調味料だけと……、いよいよ面倒臭いことになってきた。
 人さまからご覧になれば、なんとマアどうでもいいこと、埒もないことに、もぞもぞぐだぐだと明け暮れていることだろうかと、見えるにちがいない。
 暦では、今日は啓蟄だという。俺は虫か?