
谷中のマミーズにて、大好物のアップルパイを買う。久しぶりだ。それだけのために日暮里または千駄木まで、出かけて行くような身分ではない。近くまで赴く用件があったときにのみ、足を延して、自分自身への土産を誂えるといったところだ。
今回はレギュラーではなく、「大人の味のアップルパイ」にした。リンゴにもその縁周りに敷かれたレーズンにも、ラム酒がたっぷり沁みこませてあって、かすかな苦味と渋味とで甘さを引立てた、独自の商品である。中ホール一個を四つ切にしてもらう。

中学・高校時代を共にしたバスケットボール部のOB会だ。正しくは、その老人部にして、以下の学年による近年卒業までの公式OB会とは別物である。
世話役の気働きと手腕とのおかげで年に一度か二度、互いの生存確認会が催せる。学校行事でもなく、体育教育の連盟や都や区への正式貸出しでもない。同窓会の役職すら卒業してしまった連中ばかりで、いわば現在の母校とはなんの関係もない任意集団である。ほんらいならば、冷暖房や照明からボールや資材(椅子・テーブル・得点表示ならびにタイム掲示板ほか)付きで体育館のコートを拝借することなどできぬ相談だ。恐るべき手腕をもつ世話役あたりが、母校役員だか幹部教員だかに対して、たいそう押せる力があるらしい。あまり深く訊いてはならぬ気がして、確かめずにいる。
その代り、年間スケジュール目白押しのなかを無理な頼みごとをするわけだから、日程についての贅沢は云えない。半年以上先の日曜日午前中などを、かろうじて抑えるのが精一杯だ。老人には苦でもない時間帯ではあるが、私にとってはちょうど熟睡時間にあたる。
私はシューズを持参してコートには入るが、選手登録はしていない。金属医療器具にて二度も体内を掻き回した躰では、さすがに無理である。それに定連出席者のなかでは、とうとう上から二番目の齢になってしまった。準長老だ。情けなくも、声だけ激励将軍である。
選手登録からの自己抹消を願い出て、ベンチウォーマーに回る選手が増えてきた。かと思えば、ようやく定年となって、これからは顔を出しますと元気に申告参加のニューフェイスもある。ご苦労さんでした、サァいらっしゃい、という感じだ。

チーム分けとなって、年齢順の中央に線を引いてみたら、偶然にも六十歳台チームvs,七十歳台チームの対戦となった。
さすがに往年の名選手たちの片鱗が随所に……観られるわけではない。が、ベンチにて観戦していると、いずれの選手のやりたいプレイもよく判る。頭のなかで、ボールと躰とがどういったスピードとリズムとで動いているかは想像がつく。が、躰はさような速度で動いてはいない。パスもシュートも届かない。半世紀前のボールは、こんなに重いものではなかった。
とはいえ、こちらのゴールからあちらのゴールにまでボールを運び、シュートなりリバウンドなりのたびに、両腕を肩よりも上に伸ばしてボールを目がけ続けられるだけでも、たいした運動量である。球技カメラマンの心得としては、画面にボールが写っている写真を撮ることが初歩鉄則だから、せいぜい視逃すまいと私は眼を凝らした。

力伯仲の紅白戦ののちは、母校正門とは道灌山通りを挟んだ正面にある料理店にて、昼酒の宴となる。大学病院を退官して無事個人クリニックに落着けた医師や、専任職を定年になって無事非常勤になれた教授もあって、それぞれのご苦労さん会の様相を呈しもした。平土間の職人根性に生きた私以外はすべて、堅気の社会人である。
酒宴のコース料理の〆に、味つけ飯が出た。なんとヒジキ飯だ。毎日自前で食しつつある、わが日常食である。ただしわが常食のように、作り置き惣菜を白飯に混ぜ込んだなんぞというナンチャッテ味飯ではない。薄味で炊き込んだ、本職料理人の味飯である。なんたる幸運か。本職による味を、ありがたく勉強させてもらった。ナルホドナ―。
最寄りの山手線駅へと流れるご一同と別れて、独り地下鉄千駄木駅へと歩く。昔古今亭志ん生・馬生の父子の家だったのは今のどこだろうか。さっぱり判らない。
日曜日のこととて、谷中銀座は外国人でごった返していた。和柄の手拭いや春慶塗の箸なんぞが、売れるものだろうか。キティーちゃんグッズや猫柄専門店のほうが混んでいる気がする。が、なんといっても盛って行列ができているのは買食い店である。気軽な間食を食いながら歩く観光客風が引きも切らない。
谷中銀座を抜けきって、よみせ通りを千駄木方向へと左折する。視慣れた街並だ。ほどなく行く手左側に、マミーズの縞柄テントが見えてくる。前回立寄ったのがいつだったか、記憶にない。たしかレギュラーを買った。今日は「大人の味」の番だ。残っているだろうか。製造個数が少ないのだ。
最後の一個だった。レギュラーはまだなん個か残っていたから、品切れで買いそびれることはなかったのだが、目論んだ品がないと、やはり寂しい。
今日は幸運続きで機嫌上々だ。千駄木界隈でいったん腰を落着けてもいいが、いっそのこと池袋までさっさと戻ってしまおうか。世界堂へでも、寄ってみようか。