(予定写真:日藝祭三日め、快晴の空)
初日は快晴だった。第二日は小雨模様だった。そして最終日は快晴に戻った。文化の日(十一月三日)は統計上も雨の少ない日だそうだ。古書堂々堂の売上げは、上々だった。会員数の少ないサークルながら、中心会員による大車輪の踏ん張りで、あっぱれ乗り切った。打上げ会は、学生よりも卒業生や応援学生のほうがはるかに多人数という、例年の傾向のままに、賑やかに催された。私も久びさに、夜遅くまで呑んだ。
明けて今日はまた、朝からなんとも重苦しいような曇天だ。風も少し吹いて、肌寒い。と思っていたら、正午を過ぎるころから、音もなくしっとりと霧雨が降り始めた。祭の書入れである初日(日曜)と三日め(祝日)とが快晴で、谷間の日と祭の翌日とが雨天とは、またなんと、祭のために設定したかのような天気暦ではないか。
(空の倉庫写真)(ふたたび満杯の倉庫写真)
主要会員諸君の活動はまだ了りではない。現場では昨日のうちに店を解体して、長机や椅子などを実行委員会に返却し、自前の資材や在庫はダンボール詰めしてある。今日はそれを、倉庫へと運び入庫する日だ。周辺関係者が与り知らぬ、中心会員だけの苦労である。賑にぎしい祭の背後には、中心会員数名による地味でしんどい踏ん張りが隠れてある。それを知るがゆえに、卒業していったかつての中心会員たちが、卒業してなん年を経ても、仕事に子育てに多忙の身となってさえ、駆けつけてくださる。手出しはせぬが気持の支援だ。かつての自分の苦労を懐かしむ想いもおありかもしれない。
加えて今年も、資金の乏しいサークル活動に力を貸してくださる、善意の(というより侠気の)応援者に恵まれた。四日前の出庫から会場への搬入のさいには、かつての会長の弟さんが、車付きで運転手を務めてくださった。そして今日、会場から倉庫(つまり拙宅)への運搬と入庫に際しては、現女性会長の兄さんが、やはり車付きで運転手を務めてくださった。まことにありがたい。サークルとしてはガソリン代を負担するほかに、なんのお礼もできない。まったくのただ働きをご提供いただき、車までお借りしたのである。
ご本人の善意のご好意は、場合によってはただでありがたくいただいてもよろしい。ただしその人の人脈やら情報やら技術については、ただではない。かねがね若者諸君にご忠告しておきながら、このサークルでは、遠慮なくご好意にすがっている。自己矛盾だ。
古本屋研究会は貧相であることも、不体裁であることをも、恥とはしない。たとえば会員たちは日ごろの買物で入手した手提げ紙袋を廃棄せず、保存しておく。堂々堂には包装紙もオリジナル袋も用意してない。お客様には、松本清張の小説をアップルパイの袋でお持帰りいただく。雜誌のバックナンバーを佃煮屋の手提げ袋でお持帰りいただく。その代り掘出し物満載の百円均一投売り価格だ。そんなサークル活動に免じて、愛車と運転労力と貴重なお時間とをご提供くださるかたがたのご好意を、ありがたく頂戴してきた。一般社会では通用せぬことである。
さて、五日間の空白期間を経て、倉庫はふたたび荷で満たされた。量は大幅に減った。四日前まで二か所に山積みされてあったダンボール箱が、一か所にまとまった。来年の堂々堂開店まで、また一年間の眠りに着く。
それはいいんだが、わがパソコンはまだ眼醒めない。こちらは困ったもんだ。








