一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

シーズン開幕



 開幕第一戦は、どうしても……。

 猛暑が峠を越して、肌に涼しい風が吹き始めると、私にとっては煮物・炊き物といった、保存食作りの季節に入る。
 夏は鍋を火にかけるのすら暑苦しいという理由ではない。餃子を焼いたり、炒飯を炒めたり、さらには炊事省力化のためになかば保存食のカレーを仕立てたりは、頻繁にする。むしろ汗をかく食事を済ませてから、冷水シャワーを浴びるという暑さ対策を選んできた傾向すらある。
 にもかかわらず夏に煮物・炊き物を避けるのは、数日にわたって食い続けることが目的の保存食なのに、味がすぐ下るからだ。いくら冷蔵庫に収めても、味が保たない気がする。専門家や見識人がどうおっしゃるかは知らないが、出汁や煮汁の味の保持には、温度以外の要素もあるのではないか。さらにはまだ人知によって解明されてない化学的真相があるのではないか。

 冷蔵庫にじゃが芋が眠ったまま、しばらく経った。じゃがバタ―でムシャムシャ食うのも悪くはないが、そうなるとついビールという運びとなる。考えどころだ。少し早いが、シーズン開幕の煮物と決めた。川口青果店で人参を買った。小袋に三本入りだから、二本を使う。一本は天ぷら用に保存する。千切りにした人参の天ぷらが異様に好きで、ちょいとしたひと品ていどであれば、一本で三回分となる。
 共演は雁もどきか竹輪か鶏肉か、いろいろあるところだけれども、シーズン開幕戦は無難に油揚げとした。「ふっくら」だの「ソフト仕上げ」だのと謳われてあるものを、けっして選んではならない。「田舎風」だの「手焼き風」だのと謳われてある商品に限る。

 肉じゃがでございと、気合を入れる時期ではまだない。ごく平凡に、出汁と酒と醤油と砂糖とで煮るべきところだ。ある時期から、味醂というものを使わなくなった。
 シーズン開幕には、たいてい一度は失敗する。味付けに腰が引けてしまうのだ。
 味が濃過ぎて食後に喉が渇く煮物や吸物を拵えてしまった経験は、どなたにもおありだろう。アパートに独り暮しした時期に、私もやらかした。三十歳前後だったろうか。懲りて、妙に薄味の、頼りないものばかり拵えた時代があった。
 「樽平」の親父からは、「煮物は甘め辛め」と教わった。素材の味を活かすなんぞと、素人は生意気云う前に、醤油味も砂糖味もしっかり付けよとの教えだった。
 往きつ戻りつの加減がようやくにして定まったのは、やはり在宅看病・介護のさなかだった。がん患者の母と、認知症の父とになにを食べさせるかと、献立や味付けを本気で工夫した時期だ。五十歳代の、ほぼ十年間である。「お前、腕上げたね」と、母も痛みを堪えながらよく食べてくれた。入院中も、「食べられるものはなんでも食べさせてくれ」との看護師さんからの指示により、いろいろ拵えてはタッパウェアで運んだ。

 六十歳代となって、両親とも他界してからは、出汁も味付けもいい加減になる一方だった。どんなもんが出来たところで、食うのは自分一人だから、責任は取れた。メジャーカップだの大匙小匙スプーンなんぞ使う気にはなれないし、専門家や腕自慢のレシピを検索する気なんぞにも、なれはしない。
 で、シーズン幕開けには、たいてい一度は失敗する。酒と砂糖はこんなもんだろうが、醤油が手前だった。生姜や柚子胡椒にも仕事をさせたから、かろうじて味にはなったものの、人さまに振舞える味には程遠い。自分でおやつ代りに間食するには、ちょうど好い。

 そうだそうだ、そうだったとだんだんに思い出して、それらしいものが拵えられるようになるころ、シーズンが了り、どうせまた忘れる。もうなん年もその繰返しだ。

戦い済んでも陽は暮れず



 おおかたの露店は、撤収作業に入る。雑司ヶ谷鬼子母神さまご境内での「手づくり市」である。

  夜半から早朝へかけて、時おり肌寒さをおぼえるほどの涼風が吹いた。だのにラジオでは、今日もきびしい残暑になると警戒を呼掛けている。ホントかいな、と思った。
 陽が高くなるにしたがい、気温も湿度も急上昇し始めた。午前十時には、肌にベトッと来るような湿気をともなう猛残暑となった。濡らしたティッシュペイパーで口と鼻とを塞がれたような、息苦しさすら感じた。
 それでも今日ばかりは出掛けてみよう、いやぜひとも出掛けたいとの思いがあった。古書往来座さんの店先で、中古の雑貨小物が展示即売されると聴いていた。おりしも同店からほどなくの雑司ヶ谷鬼子母神さまのご境内では、年にいく度か定例化しつつある「手づくり市」が開催されるという。我こそはと腕に覚えの工芸自慢が参集しての露店市だ。布物紙物、木工革工金工にアクセサリー類、小ぶりなもの可愛らしいものが、これでもかとばかりに並ぶ。ルートで眼の保養ができる一日だ。



 ご店主とのむみち店長の肝入りで、首脳陣のお一人である画家の武藤良子さんによる蒐集と選定の品じなが、古書往来座の入口両脇に処狭しと並んでいた。骨董品というほど敷居の高いものではなく、かといって使い古しの道具類というほど視くびることもできない、私なんぞには懐かしき昭和時代の生活雑貨である。新骨董と称んでもよろしかろう。
 店内にてお三かたと談笑に耽ったり、思い立って書棚を観て歩いたりする間にも、なん人もの通りすがり客が、気に入った品を手にして入店しては、帳場に代金を支払ってゆく。老若男女様ざまだ。

 思わぬ長居をさせていただき、ご商売のお邪魔だった。理由はある。外はあまりに暑い。しかも多湿の不快さもひどい。
 夏痩せによる体力減退は思った以上に甚だしいようだ。池袋駅から徒歩十分で到着する道のりを、肩をすぼめて陽傘を差した老人が、つねよりも小股でトボトボと、ようやく辿り着いてひと息入れながら、旧知のかたがたと談笑しているのだ。冷房を浴びさせていただいているわけだ。
 この先ほんの徒歩五分ほどとはいえ、鬼子母神さま境内まで足を伸ばしたところで、満足に散策なんぞできるもんだろうか。いささか自信をもちかねた。


 結局またトボトボと、池袋駅方向への帰路を歩いた。わずかな時間にも汗をかいた。息も切れた。とにかくひと休みと、つまりはいつものタカセ珈琲サロンの扉を押す。いや押さない。掌を近づけると自動扉が左右に開く。
 なんとはなしに自分を励ましたい気が湧いて、つねにもなく今日のおやつは二個。ここのところ一推しのブランデーケーキと、それ以前に一推しだったマロンデニッシュだ。カステラ状のフルーツケーキにブランデーがたっぷり浸みた、甘みと苦みの交錯と、なんとも豪勢な栗粒と栗ペーストのダブルぜいたく味である。
 読まねばならぬ本がある。近ぢか人前で喋る仕事が入っている。そのために用意しておかねばならぬレジュメがある。〆切が近い。脳の演算能力が著しく低下していて、往年の段取りどおりには進まない。もどかしい。
 とにかく二時間は、ここで頑張ろうと念じた。が、十分ほどは居眠りしてしまった。

 店を出て、駅前ロータリーの中洲にアクリル塀で仕切られた喫煙所へと向う。陽射しはいくらか和らいだが、まだ蒸暑い。が、いくらか元気を回復している。豪華おやつと珈琲が、そして冷房と居眠りとが、回復させてくれたらしい。一服もことのほか美味い。
 鬼子母神さままで歩いてみようかという気が起きて、また古書往来座さん方面へと歩きだした。


 境内では、出店者さんがたが競うようにして、店仕舞と後片づけの真最中だった。手早く了えたかたから順に、周囲の出店者に挨拶しながら、会場を後にしている。小造りの店に展示品も小物ばかりだから、撤収荷物も小さい。せいぜいが台車一台。あるいはキャスター付きのトランクひとつふたつで、身軽に去ってゆく。
 なんとはなしに、好い時代になったなあと思いながら、しばらく境内の隅っこに立って、境内あちこちに繰広げられる撤収風景を眺めた。

聴くスポーツ



 同時実況で聴いている。

 FIFA U20 女子ワールドカップが南米コロンビアで開催されていて、日本チーム(愛称:ヤングなでしこ)が快進撃だ。グループリーグを三戦全勝で一位通過し、決勝トーナメント一回戦ではナイジェリアを一蹴。ベスト8に進んたところだ。次の準々決勝では因縁の対スペイン戦である。
 前回大会(二年前)には決勝で対戦し、破れている。2018年大会では、勝った。姉さんたち(なでしこジャパン)に胸を張って見せるためにも、ここは勝ちたいところだ。が、当然ながらスペインは優勝候補である。

 競技場は標高2600メートルの地にあって、富士山七合目に相当するらしい。並みいる強豪国も後半のスタミナ維持にはそうとう苦労している様子だ。
 ヤングなでしこは強い。大会二週間前に現地入りして、高地向け調整をしたらしいし、試合ごとにスタメンを大幅に入換えたり、メンバーチェンジを多用したりして、予選グループリーグから疲労対策をしてきた。これまでの四戦いずれにおいても、後半に表れる走力の差で相手を突き放してきた。

 同時実況で聴いている。ただし現地映像でもオリジナル音声でもない。それらを受信できるシステムもあるらしいが、私ごときにはパソコン高等技術に属するから、望むべくもない。
 現地映像やオリジナル音声を視聴しながら実況してくれる、ありがたいアナウンサーがユーチューブ上にいる。チャーさんというユーチューバーだ。
 画面ではつねにクロックが動いている。得点状況からシュート・コーナーキックフリーキックの数から、今ピッチ上にある選手名からポジションまで、じつに要領よく明示されてある。得点が入ればシューターもアシストも記入される。シュートが放たれたりメンバーチェンジがあったり、イエローやレッドカードが出たりすれば、すぐさま画面に反映される。
 視聴者にしてみれば、スコアブックを観ながらラジオ実況を聴いているようなものだ。しかもこのチャーさんなるおかたは、いったい何者だろうか。じつに実況がお上手だ。

 「今のアシスト、だれだったんだろう」「だれがメンバーチェンジしたんだろう」ということも起りうる。独りで様ざまな操作をこなしているのだから、当然だ。画面右寄りのチャット欄に、リスナーからの情報が入る。どうやら現地映像とオリジナル音声とを視聴しながら、チャーさんの実況をも聴いている高等技術応援団が、ライブチャットに多数集っているらしい。「おーそうか、○○さん、ありがとう」となる。
 公共放送では成立しようもない仲間意識だ。チャーさんはみずからの番組を「応援実況」と称び、「さあ、一緒に応援しましょう」とリスナーに語りかける。意図はまことに明快であり、しかも実現されてある。


 サッカーファンのみが集うチャンネルではない。ドジャースの大谷選手出場試合もある。パリ・オリンピックの卓球試合もあった。パラリンピックの車椅子テニスもあった。バスケもバレーもあった。フィギュア―スケートまであった。要するに、スポーツファンなら見逃せない試合であるにもかかわらず、日本のテレビ地上波では取上げる気すらなさそうな試合であればなんだって、チャーさんの取扱い分野なのだ。
 それでも各競技の特質やルールから歴史まで、選手名から過去の戦績まで頭に入っていなければ実況はできないから、たいへんに幅広く、かつ年季の入ったスポーツ観戦者なのだろう。

 ラジオの同時実況というものが、私は嫌いではない。ファイティング原田とポーン・キングピッチの一戦を、バンコクから送られてくるラジオ放送で聴いた。時に雑音がひどくなり、音声が途切れるのではないかとハラハラしながら、胸躍らせて現地の模様を思い浮べたもんだ。テレビの衛星放送なんぞというものは、想像すらできぬ時代だった。
 「同時」ということの優越感は、とにかく凄まじい。翌日あたりからユーチューブ上に、「ヤングなでしこ快挙! 対ナイジェリア戦」なんぞと大仰な見出しを打ったダイジェスト動画が、いくつも投稿される。へん、俺はもう知ってるもんね、と思うばかりだ。

十万あくせく〈口上〉

 
 7時35分~8時50分。

 朝夕ふいに吹き来る風に、たしかに秋ではあるなあと感じる昨今でございます。あなたさまのご身辺では、またお住いの地域では、いかがでございましょうか。

 暑い夏でございました。めったになかったことでございますが、夏痩せをいたしました。が、それほど悪い状況とは自覚しておりません。
 以前、手術を受ける準備の入院中に、固形食糧を断たれ、二十日ちかくも点滴のみで生かされておりましたさいに、娑婆にあってはどう我慢しても実現できなかったほどの減量が達成されたことがございました。減量というより痩せ衰えではありますが、退院してみますと、積年の腰痛が自然解消していたという、おまけが付いておりました。日常動作はたしかに楽で、長年習慣としておりましたステッキを手放しました。
 手術を了えて退院後の一年間で、体重はじりじりとリバウンドいたしましたが、さすがに最重量期の不健康にまで復することはなく、ある範囲で上下するようになりました。大雑把に申せば、三十キロ減量して、十キロリバウンドした勘定となりました。
 それがこの夏、五キロ八キロと減りましてございます。不健康によるものか、むしろ歓迎すべき事態かは、これから調べてまいろうかと考えおるところでございます。

 のっけから興醒めな話題で恥入りますが、夏バテ気味の私は、なにかにつけてふいの睡魔に襲われて、ほとほと往生しおる昨今でございました。草むしりを済ませて冷水シャワーを浴びますと、デスク前でコックリしたくなり、炊事・食事・洗いものを済ませますと、キッチンテーブルに突っ伏して五分間睡眠するといったていたらくでございました。
 これは根本的に睡眠不足なのであろうと思い立ちました私は、昨日のこと、よしっ、とばかりに爆睡計画を立てました。どうかお嗤いくださいませぬよう。六時間睡眠を目指して目覚し時計をセットする習慣ながら、途中一度か二度は眼醒めてトイレに立つ私でございます。ぶっ通しで六時間熟睡できれば、たいそうありがたいことなのでございます。
 昨日午後も蒸暑うございました。まだ陽のあるうちに、缶ビールのプルトップを引きました。ラジオの大相撲放送を聴きながら、ワインを小タンブラーで二杯。これでどうだっ、とばかりに、打出し太鼓もそこそこに浴室へ向い冷水シャワーをたっぷり。夕方六時十五分には就寝いたしました。アイスノン枕もセットしたし、これで午前零時までグッスリだ!
 が、残念、十一時半に眼が醒めました。トイレを済ませてから、目覚し時計を再セット。今度は明朝六時まで。日課としている腰痛予防のストレッチ体操をまたやってから、就寝し直したのでございました。
 どういう加減か、今度はよく眠れました。目覚し時計の電子音を、久びさに心地よく聴きました。

 体重と血圧の日課測定を済ませ、水分・糖分の補給をし、冷水シャワーを浴びまして、さてパソコンを開いてみますと、当日記を開設以来の総アクセス数が、九万九千九百九十九とのこでございました。初投稿から一千二百三十日目でございます。
 何時何分何十何秒に十万アクセス達成かを視とどけたい気も、一瞬生じかけましたが、それがどうしたという気も同時に湧きまして、煙草とおやつのパンを買いに外出いたしました。戻りまして、ふたたびパソコンを開いてみますと、達成されておりました。
 日ごろ私は、アクセス総数にはさほど注意を払ってまいりませんで、もっぱら自分本位に投稿日数にばかり注意してまいりました。日数の区切れ目に、あなたさまへのご挨拶〈口上〉も申しあげてまいりました。ですが、十万となりますと、噺はいささか穏やかではございません。よくもまあ、かように雑駁な日記をと、驚きとともに感謝の想いがしきりと湧いてまいります。ありがとうございます。

 〈口上〉のたびに申しあげてまいったことでございますが、一部知友およびごく限られた読者さまにのみ知っていただいております、秘密結社のごときブログに過ぎません。また広い世の中には、一投稿にて十万アクセスを達成なさるチャンネルも数多いと伺いました。私には想像もつかぬ世界でございます。
 私はこのやりかたを変える気はございません。お読み甲斐の乏しい文章ばかりかとは存じますが、時に思い出されましたら、今後ともお立寄りくださいますよう、伏してお願い申しあげます。

夜更けて候

 

 かすかに秋めいてきたとはいえ、肌に心地よい風が感じられるのは、夜更けてからと早朝のみだ。陽が高いうちの残暑には、あい変らず戦意を喪失する。

 本日の洗濯ものの異色第一は暖簾だ。いつ頃のいかなる機会の引出物だったかさっぱり記憶にないが、十代目(ご先代)の桂文治師匠から暖簾を頂戴した。桂一門といえば、家紋は「結び柏」と決っている。
 わがパソコンデスクの部屋の入口に、なん十年もさがり続けてきた。かつては父の部屋であり、要介護の身となってからは介護用ベッドを据えて、いわば在宅介護の前線だった部屋だ。その頃から、暖簾はさがっていた。十代目と昵懇だったのはむろん私ではなく父だから、この暖簾は私とともに父の最期までを看とどけてくれたことになる。
 日常的にヒラヒラと動くものだけに、眼に立つほどの埃まみれになることもないから、まだいいだろうとばかりに、なんとなく放置されてきた。が、微細に点検すれば、ずいぶん汚れている。で、今日こそは洗濯に及ぼうと決断したわけだ。もし藍が移ることがあっても大過なきよう、一緒に洗う品まで選んだ。

 異色の第二は頭陀袋だ。友人の画家武藤良子さんデザインのグッズで、個展のさいに土産物として販売されてあったから、一袋いただいて愛用している。こちらはすでに三回は洗濯されてきた。
 書籍や書類や筆記用具は肩掛け鞄に収める。頭陀袋には紙入れと煙草とライターに、ハンケチとポケットティッシュ、それにデジカメが入る。ふいの用途が発生しても、わざわざ鞄を開けずに済んでほしい品じなだ。ジャケットの下に、ということは日常的に下着に接触して身に沿うている。外出時のみならず、デスク室から台所やトイレへと宅内を移動するさいにも、肩から外されることがない。外されるのは浴室の脱衣場と、就寝前に目覚し時計を設定する時である。
 ということは、めっぽう汚れる。並の汚れようではない。自分では馴れっこだが、人さまのお眼には、路上生活者の巾着もかくやと見えることだろう。で、今日こそ洗おうと決断したわけだ。

 なぜ洗濯が間遠になったかというと、縁の手前がわも裏がわも、半分ほどが経年使用の擦切れにより、ほつれて繊維が飛出してきたからだ。つまりは物入れ口の縁の二重部分の半周が口を開けた状態となった。無頓着に洗濯でもしようものなら、傷口を大きくするのではと懸念された。
 正しい対処法を思いつかぬうちに日数ばかりが経つので、やむなく粗雑な荒療治に踏切った。なんのことはない裁縫箱を取出して、もっとも初歩的なやりかたで糸かがりしたのだ。腕前はすこぶる拙い。しかも近年めっきり、細針では針孔に糸が通らない。ジーパン修理と同じ長孔の開いた太針だ。ほつれていた箇所は縫い締められたり隙間が毛羽立ったりの、交互二拍子進行となった。細かい引きつれもできた。

 そんなであっても、さしあたり傷口の拡大は、ともかく止った。で、これならばと、洗濯に踏切ったのである。
 敵はただならぬ汚れだ。まず浴室にて手洗いだ。靴下のように全体を裏返してから洗面器に浸け、石鹸をなすりつけて揉み洗いし、二度も三度もすすいだ。もう一度石鹸を使って繰返した。それから袋を表に返して、こちらも二度石鹸を使った。紐部分は一度で済ませた。濡れているから、どのていど洗えたものか、色からは判じがたい。すすぎこぼす水の色は、たしかに透明に近くなってはきたけれども。
 その状態で粗絞りして、洗濯物袋へ放りこんだ。あとはランドリーの洗濯機と乾燥機にバトンタッチだ。

 
 さいわいにも夜更けのコインランドリーは、がらすきだった。通常の家事時間族と特殊深夜族との端境期的な時間帯に当ったのだろうか。洗濯機を二台回した。乾燥機は一台で間に合せた。
 丸窓のようになった乾燥機の扉の天地中央付近には横線が引いてあって、適量上限が示されてある。一杯いっぱい、厳密にはわずかにオーバーしている。ジーパンなど厚物が含まれる場合、またタオルケットなど大物が含まれる場合には、三十分では乾かない。折返しや縫目部分に、かすかな湿気が残ってしまう。が、今夜はさような厄介者は含まれていない。

 浴室用・枕カバー代り・アイスノン枕カバー用と、バスタオルが三枚。汗拭き・台所・浴室・トイレなどのタオルが十数枚。台所の布巾・ハンケチ代りの半サイズタオルが十数枚。猛暑下にはジャケット代りだったボタンダウンシャツが三枚。あとは肌着のシャツとパンツと靴下が合せて二十余枚。そうとう嵩ばってはいるが、乾燥機三十分でなんとかなる連中ばかりだ。
 それに今夜のゲスト。暖簾と頭陀袋である。

秋には秋の



 朝、池袋方向。

 わがパソコン・コーチにご指導を仰ぎ中だ。活用してこなかった機能の習得についてではない。今さら教わったところで、新たに身に着くはずもあるまい。必要に応じて教わった現在の初歩的機能が維持されれば、不満はない。
 懸案は、新台購入と関連機材の選定についてである。

 わが愛機は A 機 B 機とも、分際に過ぎた能力をもつ(らしい)ノート型パソコンだ。それらに諸ケーブルを接続して、デスクトップ型のように使ってきた。つまりわがデスク以外の場所で操作したことがない。スマホを所持しない身だから、外出先で入力したことも、送信・受信したこともない。
 この夏、そういう環境にたいへん不便を感じた。あまりの暑さゆえ、日昼のパソコン作業をいたしかねた。なにせエアコン設備のない家である。風通しに細心の注意をはらい、昭和扇風機は小一日首を振り続けてくれた。日に四度も五度も、浴室で冷水シャワーを浴びた。が、それでも対応しきれなかった。
 やむなく涼を求めて外出した。喫茶店をハシゴし、移動には道路を歩かず百貨店内を通過した。目的地まで鉄道でわざと遠回りした。読書時間は確保できたし、ノートと鉛筆によるいわば下書きメモ作業は、かろうじてできたが、そこまでだった。

 喫茶店では要所にコンセントが設けられ、テーブル上や壁に向いたカウンター上で、なにやらパソコン作業中の客を、じつに数多く視かけるようになった。リモート就業だろうか。携帯電話を耳に当てたまま画面を覗き込んでいる人もある。ズーム会議というのか、テレビ電話のように画面に話しかけている人もある。
 映画を観たり、音楽を聴いたりして、寛いでいる人もあるのだろう。

 当方は今さら、多忙を極める社会人の物真似をしたいわけじゃない。外出先でも文案作成や入力ができて、その結果をマザー機たるわが A 機と共有できさえすればよろしいのだ。つまり分際に過ぎた高機能でなくとも、操作容易なノート型パソコンが欲しいのだ。それにコードレスのイヤホンがあれば、十分である。
 視聴するさいにはジャックを A 機 B 機に刺して、ケーブル付きのものものしいヘッドホンで両耳を覆って作業してきた。思えば大時代な姿だ。この夏は、耳たぶの内側にアセモができて、困った。
 にもかかわらず猛暑期間中には、対応を考えることすら面倒くさかった。われに返ったように今から思えば、よほど心身消耗していたのだろう。


 夕、練馬方向。

 私にとって秋は、健康診断の季節だ。暑いさなかには目立たなかった血圧が、気温の低下とともに上昇傾向となる。急に暑くなる梅雨どきも要注意だが、急に涼しくなる秋深まるころは、もっと要注意なのだ。ご無沙汰続きのホームドクターのもとへ参上すれば、なにかしら躰の不具合が発見されることだろう。
 不具合が発見されれば、治療・療養ということになろう。場合によっては検査入院だの、本格的に入院加療という最悪の場合だって、ありえぬわけではない。
 そんなとき、パソコンはどうするか、という問題なのである。

 病棟で電子機器などもってのほかであるのは、申すまでもない。しかし院内のロビーには、銀行ATM や院外との通信用のパソコン設備がある。また各フロアの休憩ソファや公衆電話がある近辺には、そこだけパソコン仕様が許されるという一画がある場合が多い。過去の入院経験のさいに確認済みだ。
 そんな場合にも、最低限の入力および送受信手段を確保したい。ノートパソコンが欲しいなァ。子供じみた要求のようながら、これはこれで老人による秋の欲望である。

馬車のうしろに

 

 この一画だけが、春以来四回目の草むしりだ。敷地内での最高回数を誇る。

 往来に面している。只今工事中を示す、オレンジ色の仮フェンスを立ててあるだけだから、金網越しに敷地内が丸見えだ。
 今さら見映えを気にするにも値しないボロ家ではあるけれども、見苦しいにはちがいない。祭のさいには、ふだん通行なさらぬかたも数多く通りかかられることだろうから、見映えよりなにより、土地の氏神さまにたいする敬意を示すためにも、小ざっぱりさせておくべきだと、むろん考えはした。町内の印象を保つ観点からも、ご近所への礼儀だとも考えた。しかし手を出しかねた。草むしりに適さぬ空模様が続いてはいたが、言いわけにはならない。

 内側が丸見えだと、些細なゴミのポイ捨てなんぞ大過あるまいと見えてしまうのが人情だ。ことに猛暑下の薄着でポケットもなく、物入袋も携帯してない状況を想像すると、このていどならとの出来心ももっともだ。
 投げ入れられるゴミのほとんでは些細なもので、煙草や菓子の小箱を開封したさいに切り離されるフィルムや銀紙がもっとも多い。吸殻もある。飲料ペットボトルのキャップもある。尖ったものか細いものを保護していた部品ででもあろうか、謎の微細物体なんぞもある。多くはプラスチック製品だから、放置するうちに土に還ってくれるものではない。いや、生物由来の物質だから、いずれ土に還ってはくれる。ただ数百年から、物によっては三十万年かかるらしい。やはり私が摘んでおくのが無難というものだろう。

 天気予報から推して、早起きして早朝作業をすべきだった。承知しているくせに、インターネットでサッカーの試合を観てしまった。サムライジャパンの対バーレーン戦である。
 作業開始は午前十時。さっきまで朝だったのに、見るみるうちに陽射しが強くなり、急激に気温上昇してくる時間となってしまった。作業は三十分を超えてはならない。いつもの拙速で、粗むしりしておくほかない。桜の切株周辺の俊足な連中を除去し、花梨の根元周辺のフキ群落を引っこ抜く。どういう風に乗ってきたものか、鬼アザミがひと株だけ顔を覗かせていた。コイツだけは黙認できない。鎌とスコップを持出して、根の先端まで丁寧に掘り起して始末する。
 作業精度の点で心残りではあるが、ギリギリ三十分でともかく作業終了した。ティーシャツも短パンも下着も重くなっている。すべて洗濯物袋に放り込んで、浴室へ飛び込んだ。冷水シャワーを長く使った。

 
 さいわいにして今日は、ポイ捨てゴミか、ともすると風に吹き寄せられたていどのゴミで済んだ。飲み了えた置去りゴミや、弁当殻などの大胆放り込みゴミにはお眼にかからなかった。
 祭の期間中には、街のあちこちに置去りゴミが目立った。ご迷惑と思っちゃいるけれども、適当な捨て場所が見つかりません、せめて回収しやすいかたちで置いてまいりますという、心苦しさや面目なさを表現したゴミたちだった。

 私にだって反省はある。日ごろからもっと小ざっぱりさせておけば、どなただってポイ捨てする気になりにくかろう。やはり祭の前にどうでもむしっておくべきだったろうか。馬車のうしろに馬をつないだことになったか。気温上昇の作業中に、気を紛らわすために、そんな考えも頭をよぎった。
 乗合馬車の背後に、なに食わぬ顔の蠅を一匹舞わせたのは、横光利一だった。乗合馬車の後部座席の隅っこで、娘をひとりシクシクと嗚咽させたのは、モーパッサンだった。横光はモーパッサンのアレを読んだにちがいないと、あらためて思った。