一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

2024-03-01から1ヶ月間の記事一覧

みんなどこから

みんな、どこからやって来たのだろう。次の宛てはあるのかしらん。 耄碌してみて、自分がこれほど寒がりだったと、初めて知った。ラジオでは陽射しの好い日ですなどと云ってても、風が冷たいと草むしりする気が失せてしまう。わずかでも雨が降っていようもの…

漂泊ふたたび

今さらこの足に、草鞋が履けるとも思わぬけれども。 テレビ時代劇『鬼平犯科帳』のどの回だったかに、兇賊の手にかかった被害者の墓前に参る場面があった。事件はつい先だってのことで、墓はまだ真新しい素木の一本柱だった。墓柱背面の墨書に、たしか「寛政…

初めから

初めからそうすりゃあいいものを。マイナスからのスタートということか。 いつの日か再挑戦を、なんぞと考えていると、すぐやってみたくなる。一昨日の野菜揚げの件だ。 キャベツを千切りにして掻揚げふうにするのは無謀だ。少なくとも私の腕では無理である…

お待ちどおさま

お待ちどおの開花宣言、小松堂の開化煎餅。 拙宅老桜樹、十輪ほどの開花を確認。例年より一週間ほど、昨年より二週間ほど遅い。まだ風が肌寒いなか、これ以上は待ちきれぬといった風情である。 ここいく年かは、老樹にとって最後の花となるかも知れぬと覚悟…

轍を踏む

実験工房での結果だから、失敗はつきものだ……と、自分に云いきかせる。 人参を揚げる。玉ねぎとはまた違った、独特の甘みが出るはずである。 昔、試みた記憶がある。が、具の刻み加減も、粉加減も、まったく憶えていない。玉ねぎよりは火が通りにくいはずだ…

冷雨

冷たい雨だ。ご近所では、辛夷(コブシ)の花が満開だ。 昨日は大学卒業式の絶頂日だったことだろう。今どき矢絣は流行るまいから、花柄や縞柄の着物に紫袴の女子大生が、さだめし街を闊歩したことだろう。私は一人もお視かけしなかった。鉄道に乗ってみれば…

玉ねぎ天

ここ四日間ほど、玉ねぎ天を揚げている。 冬から初春にかけて、常用テキトー飯としておおいに愛食した、玉ねぎだけを具とする力うどん・力そばにも、少々飽きてきた。うんざりとはしていないけれども、親の仇のように餅ばかり食ってもなあ、という気分だ。 …

意外性

一見した印象とはかけ離れた意外性が、人間像の奥行きを増すということは、たしかにある。ギャップ萌え、というんだそうだ。 野村真美さんを、日本一不機嫌が似合う女優だと思っている。現代では、である。遡れば、杉村春子、北林谷栄、岸輝子など、大女優た…

文字という世界

文字らしい文字、立派な文字というものが、あるのだろうか。あるような気がしている。ただし巧い拙いとは少し違うような気がする。美しい醜いとも違う気がする。丁寧な文字か粗雑な文字かなんぞは、初めから論外だけれども。 明治の元勲と称ばれる政治家・政…

溯る

『溯行』第138号 長野市を本拠地とする長寿同人雑誌である。今も刊行されている。私も若き日には、勉強させていただいた、 創刊者は立岡章平さんで、長野ペンクラブに所属する信州文界の雄のお一人だった。より自由に書きたいと袂を分つように『溯行』を創刊…

宣言用意

つぼみが膨らんできたことは瞭かだが、開花の兆しはない。低気圧が期待どおりの速さでは、東の海上へと抜けてくれない。大陸側の高気圧が弱いのだろうか。今年は発達が遅いのだろうか。 風が異様に冷たい。しかも時おり突風のごとく押寄せる風は、とんでもな…

玉ねぎ占い

一喜一憂の規模が小さくなってきた。 玉ねぎの皮が、薄くしかもひと玉丸ごとクルンッと剥けたときは、かなり嬉しい。今日は好いことがある日だとまで思う。 成熟度によるものか乾燥具合によるものか、薄皮が実からはがれづらくて、妙に苦心することがある。…

感謝・反省・その他

取柄は持続、にはちがいない。けれども内実は……。 知友への無沙汰陳謝、独居老人を気遣ってくださるかたへの生存報告、そしてごく稀なご縁を多としてくださる少数の読者さまに向けての発信。当日記の眼目と申せば、そのていどしかない。ごくごく限られた範囲…

彼岸入り

弘法のゆく手はわかりやすき春 ばち当りなことに、彼岸詣りはえてして遅れがちになる。中日を過ぎてしまった年もある。心あるご子孫を擁するお家の墓所はどちらも掃除が済み、花が供えられてある。墓守が存命の檀家うちでは、私が最後ではないかと思わせられ…

また逢う日まで

陽射しの好い日には、陽だまりを選っては三十分ほど、煙草を吸ったり缶珈琲を飲んだりして過すことがある。肌脱ぎになるわけではないから、日光浴とまでは称べないけれども、顔や首筋手足だけでも、ビタミンD の生成に役立たぬもんだろうか。 陽射しが好くて…

妄想の湧出口

私的な書き癖に過ぎないけれども、「凝視する・視詰める」という語を、「視る・観る・看る」とはかなり異なる行為と捉え、用いている。ましてや「見える」とはかなり異なっている。 わが町のサミットストアの壁面の高い処に掲げられたロゴ看板だ。あちこちか…

一次資料

『批評』(復刻版)合本にて全6巻。原本は昭和14年8月創刊、山坂あって最終号は昭和20年2月発行。文芸批評の同人雑誌だ。復刻版刊行にさいして、総索引や解説を付して、歴史研究の一次資料たるの便宜が整えられた。 「山坂あって」というのは、同人雑誌維持…

平常に復する

ひじきカレー 古優名優そろひ踏み 定連納豆出る幕ぞなき 日限を切られた仕事が済んで、さて外出か散歩かという日があいにくの空模様で、しかも風が冷たい。草むしりもならず屋内にて過すとなれば、いたしかたもない。台所である。 保存限界に近いじゃが芋を…

ぬかりなく

花芽葉芽ぬかることなく時うつり 寒いさむいは老骨ばかり 低気圧による雨模様と強風。自分がこれほど風を苦手にしていたとは、この齢になって初めて知った。元気が削がれる。外出意欲が萎える。 珍しく二日連続に用件が重なって、それらが過ぎたのだから、棚…

令昭和

これより一席、あい務めまするの図。 これからユーチューブ収録である。ほぼ月一ペースで、機材一式が詰まったトランクを提げて、ディレクター氏がご来訪くださる。当方は待ち受けて、講釈師の物真似よろしく昔噺を語るだけだ。新たに勉強した成果を視聴者さ…

だけなら

久かたぶりで下り電車に乗る。上り電車でちょいと池袋までという超近距離よりも長く移動するのは、じつに久しぶりだ。というのに――。 十三時半ころ、清瀬・秋津間にて人身事故につき、全線運転停止中。十四時半の運転再開を目処に、懸命の事故処理中だという…

葉牡丹

ようやく少し解ってきたと思えるころ人生はすでに終盤戦で、今から挑戦するには気力体力ともに足りないという意味のことを、偉い人の随筆や回想録でいく度も読んだ記憶がある。「青年老いやすく学なりがたし」との忠言も、同じ意味なのだろうか。 寒さに尻込…

銭湯帰りの愉しみ

銭湯からの帰り道には、ことに寒い季節には、愉しみがひとつある。 元来ココアというのは、好きな飲料だ。けれども日々の暮しで頻繁に口にしてはいない。のべつ喫茶店に入り浸った若き時代、ココアは珈琲や紅茶やミルクよりも若干高価なメニューだった。十円…

植物の体温

雨から雪になったのは、深夜を過ぎてからだった。 銭湯へは、閉じたままのビニール傘を携えて出かけた。日を跨ぐころから、雨または雪と、天気予報から脅かされていたからだ。予報だもの、二時間くらい前倒しになったからとて、文句は云えない。往きは好いよ…

間抜け

肌に春風を感じるようになると、そして花便りに耳傾けるころともなると、アイツがやって来る。 天井裏から、建具の戸袋の奥から、壁ぎわに立つ不動の大食器棚の背後から、不吉な音が聞えてきた。家ネズミである。 一昨年は対応が後手に回って繁殖を許してし…

不確定要素

タカセサロンの階段を昇りきって、右手に折れれば二階席がひろがっているが、左手の壁寄りには腰ほどの高さの飾り棚が設置されて、小型の雛人形が置かれてある。丈は十センチほどでうずくまり型の、けっして大声で客に呼び掛けたりせぬ、ごく控えめな人形だ…

Kinkyu-Teishi

Tadaima Pasocon Huguai-tyu Desu. Kono Kiji ha Waga [B]Pasocon nite Nyuryoku-tyu Desu. Hudan ha APLI wo Aite ni Asobi ni Dake Tukatte Orimasu. Windows 7 Sika Tousai Siteorazu Huben-katu-Kiken de Gozaimasu. Hukkyuu Made Sibaraku Ojikan wo It…

辛い必要

陽射しの穏やかな、無風の午前中だった。 冷えこみの厳しい明けがた、普通なら毛布を被って寝ちまおうと考えるところだ。ところが今日は買物および用足しが三つ以上溜っている。私鉄で池袋まで出る値打ちがある。今から床に就くと、確実に寝過ごす。このまま…

細部こそが

津本 陽『柳生兵庫助』(文春文庫) チャンバラはほんとうにチャンチャンバラバラと、やったものだろうか。 「刃向う者あらば斬って捨てるもよし。ただし此度の出役においては敵すこぶる数多にて、いちいち深手を負わするに及ばず。指一本なりとも斬り落して…

間合いについて

冷えが戻った。外出しない。 暑い季節の煮物・炊き物はどうしても足が速くなる。というので、保存惣菜といっても、昨年の初夏のころ中断したままだった「ひじき豆」を、ふと炊いてみる気になった。 なにはともあれ、まずは出汁づくり。今日はあとでカボチャ…