一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

2023-09-01から1ヶ月間の記事一覧

名月

私のカメラで、お月さまが撮れるはずもないのだ。名月も、街の灯も、一緒である。 中秋の名月だという。しかも満月だという。月の暦と太陽の暦とが合致したわけだ。次にかような僥倖あるは、七年後だという。私にとっては、生涯最後かもしれない。 ユーチュ…

身辺近代史の終り

ナンバースリーの値打ちということを、しきりと考えた年頃があった。会社員だった時期だ。 周恩来の人柄についての、称賛の弁は多い。風貌・物腰・表情からも、世界に好印象を振撒いてきたにちがいない。毛沢東には田舎のトッツァンめいた、頑丈で剛直な人と…

歩くについちゃあ

見すぼらしきかぎりながら、拙宅の花街道。 手前から第一球根群。他より好適地にある利点から、まっ先に咲く。先頭の一花はすでに役目を了え、萎れた。 第二球根群は、建屋隙間からわずかに西陽を浴びられる準好適地にて、旺盛。その先第三球根群からは、た…

遠見から

お見かけしたことはあっても、ご縁があったとは申せぬ作家たちがある。 文藝春秋の雑誌で黒井千次さんが「学生たちに聞く」という企画があって、その「学生」の一人になったことがある。一九六九年か七〇年のことだ。黒井さんはまさに売出しの新進気鋭作家だ…

開通!

コインパーキングとの境界塀に沿った建屋西側を、南から眺める。日ごろ眼の行き届かぬ箇所で、南北に自由通行ができなくなっている。まずは通行可能にしないことには、噺が始まらない。 ネズミモチがひと株立っている。先年伐り倒した親木の分家だ。巨木では…

女性作家たち

作風と個性、ともに印象強烈が女性作家たち。じつのところ、私なんぞに理解できるのだろうか? 笙野頼子さんがデビューなさったころ、私は地方新聞に読書案内の連載コラムをもっていた。無愛想でゴツゴツした手触りの、重みのある新人が登場したと感じ、採り…

花事情

私にはもったいないような、ツボミみっしり満載の鉢植えをいただいた。 彼岸の恒例行事のごとくだが、従兄ご夫妻がご上京。つい数日前に、新米をお贈りくださったご夫妻だ。お二人は揃って青山学院大学の同窓生で、つまりは半世紀前のキャンパスラヴ・カップ…

豚の尻

だれの詩だったか。豚の尻同士がゴツンゴツンぶつかりながら、トラックに揺られてゆく詩があった。名前まで付けて気を配って育ててきた豚を、時期が来たら出荷せねばならぬ、畜産農家の実情が詠われてあったのだろうか。 昨夜遅く、古書往来座のご店主から電…

学との別れ

小杉一雄の著作を蒐集した時期があった。中国美術史、仏教美術史、日本古代美術史、文様史を横断する、東洋美術史入門の講義を授かった恩師である。 細身に格子柄のジャケット、時には蝶ネクタイ。お洒落な老教授だった。白以外に黄と赤だったか、二種類ほど…

新米届く

米処の従兄が、新米をお贈りくださった。毎年この時期の、至福のご好意だ。 「お魚の尻尾とヒレのまわり、食べらんな~い」 「よしよし、小骨が喉に突き刺さってもいけないから、残しておきなさい。それよりお茶碗のご飯粒を、きれいに食べてしまいなさい。…

此岸の花

先頭の第一花。昨年の記録より、一週間ほど遅い。それに、少々気がかりもある。 彼岸の入りだ。池袋へ出て、お供えの品を調達し、とって返す。花長さんはおかみさんのほかに女性がもう一人。娘さんだろうかお嫁さんだろうか、それとも繁忙日のみお手伝いの臨…

散歩の理由

このアングルからこの建物。どれだけの写真を眼にしてきたことだろうか。 ひとつの用足しのために出歩く気力が失せた。行動の効率化と申せばもっともらしいが、要するに体力・気力の減退だ。先延ばしにした用件や欠礼したままの不義理を一気に片づけるべく、…

任ではない

この人の作品を語るのは、自分の任ではないと思える作家がある。 四十二歳のとき、ワーレンベルク症候群という若年性脳梗塞の発作を起して、一か月ばかり入院した。今はないが、飯田橋にあった日本医科大学付属第一病院だ。危険な時期を脱してリハビリ以外に…

最終戦後文学

井上光晴作品をすべて読破してやろうと、企てた齢ごろがあった。挫折・棚上げのままに了ったけれども。 年齢で申せば、吉行淳之介・安部公房・吉本隆明より二歳下で、三島由紀夫より一歳下だが、井上光晴の作風も題材も、より上の世代のいわゆる「第一次戦後…

雨あがる

建屋の北側。児童公園との境界塀とのあいだ。難所のひとつである。 昨日はいっとき雷雨に見舞われた。翌日の草むしりは、作業衣や軍手や道具類が濡れて、やや始末に手がかかる。その代り土の湿り気が作業を楽にしてくれる。根や地下茎を引っこ抜きやすい。 …

悲傷の文学

高橋和巳が男子学生から競うように読まれた時代があったなんぞということを、現代の若者はおそらく信じまい。全共闘世代の一部学生にとっては、教祖的魅力をもった作家だった。 最初に『憂鬱なる党派』を読んだ。話題の新刊だったという偶然に過ぎない。党派…

途を拓く

建屋の東側。塀との間。裏手への通路である。 両脇を拙宅と隣家とに挟まれた谷間のごとき通路が、南北に通る。季節にもよるが、大雑把に申せば正午を挟む一時間だけ陽射しがさんさんとなる通路だ。半日影を大好物とするドクダミ・シダ・ヤブガラシの基本三種…

ゴキゲンだった頃

加瀬君は写真部員だった。 校舎の正面玄関から正門への並木道があって、脇には前庭があった。食堂へと斜めに突っきって行く通り道だった。午後になるとテニス部員が数人がかりで、巨きな鉄のローラーを曳いて、往復した。さほど敷地の広くない高校にあっては…

浪漫へのためらい

短い期間だったが、サン=テグジュペリに関心を抱いたことがある。といっても、大ブームに浮かされて『星の王子さま』に夢中になったわけではない。異様なまでの大空への憧れ、飛行機を偏愛する心の奥底を覗いてみたかったのだ。 西欧と南米とを往来する郵便…

またの一年

端(はな)は長ニ。長崎二丁目の神さまたちのお乗物。担ぎ手も沿道も、毎年人数の多い神輿だ。 駅の西裾から線路と直角に北へ一直線に延びるサンロードが、わが町の最大幅道路で、いわばメインストリートだ。谷端川を暗渠にしたおかげで、そうなった。以前は…

祭の途上

静かだ。祭の宵だというのに。 境内や駅周辺の店みせは、すっかり片づいたのだろうか。居酒屋やスナック・飲食店はどこも満杯だったことだろうが、収容しきれぬ若者たちが街に溢れて、辻つじや街路樹の周りやコンビニの前などに、三人五人と屯して、別れたく…

雨明け祭

当地の祭礼は雨祭であります。毎年九月の第二週末と決っておりまして、二百十日とか二百二十日と称ばれる時期です。どなたの心掛けがよろしかったものか、今年は一日ずれました。台風は昨夜、太平洋上を通過していってくれました。 まず鳶の野尻組へ、一本届…

うしろ髪

未練なく諦めがつく本と、うしろ髪引かれる本とがある。文学的評価とは関係ない。内容の稀少度(いわば文化的価値)とも市場価格とも関係ない。 『中野重治全集』第七巻第八巻を古書肆に出す。巨篇『甲乙丙丁』収録巻だ。もともとそのつど個別買いした不揃い…

秋の色

この季節がやってきたか。 大北農園から、ご丹精の茄子が届いた。この秋の先頭走者だ。大北農園については、これまでにいく度も書いたが、嬉しいしありがたいから今日も書く。 旧い学友の大北君はリタイア後、趣味と健康維持とを兼ねて家庭菜園に力を注いで…

語り継がれるべき

語り継がれねばならぬことというものは、やはりあるのだろう。 リテラシーなんぞという言葉を、学生時代には知らなかった。外国語に堪能なかたは、お使いだったのだろうが、少なくともメディア用語としては、登場していなかった。今では、私ごとき一知半解の…

個性

個性ということを、唯一無二の神秘的尊厳のように考える言説に出逢うこともあるけれども。 自宅にあれば、就寝前にひと缶飲めば十分の缶ビールを、珍しくふた缶空けてしまった。と、驚くべきことに気づいた。缶の胴と蓋との関係が一定の缶には、まずお眼にか…

緊急臨時作業

久方ぶりの降雨だった。草むしり後の痩せ地には、恵みの雨だった。 雑草をむしるということは、地表が露わになるということだ。土から保水力が奪われ、過剰乾燥に陥るということだ。いくらかでも緩和しようかと、枯草山を運んで、地表に敷き詰めておいた。十…

道具の違い

莫言(1955 - )。2012年、ノーベル文学賞を受賞。授賞理由は「幻覚的なリアリズムで民話・歴史・現在を融合させた」功績による。 最初に莫言を知ったのは、張芸謀(チャン・イーモウ)監督の映画『紅いコーリャン』の原作者としてだった。衝撃的な赤色を効…

道普請

昨日の轍を踏まず。 起床後のルーティンを了えたら、ただちに浴室へ直行。冷水をたっぷり浴びて、作業モードに。十時半には位置に就いた。 今日の作業場は、玄関番のネズミモチの根元周辺。建屋東側のブロック塀との間だ。裏手へ回る細い通路の入口である。…

コオロギの里

今日の草むしりは玄関右脇方向、西に隣接するコインパーキングとの境界塀ぎわである。 三十六度まで上昇すると聴いた。陽射し衰えたとはいえ、衰弱気味のわが体調には危険信号だ。気温急上昇する前の午前中に片づけてしまわねばならない。 起きると目覚し時…