一朴抄訳
さて歳末だ。 二十七日だったかな、坊やのお守りかたがた、早起きして飯を炊いてた朝のことさ。東隣の園右衛門の家が、今日は餅搗きだとみえて、えらく準備にあわただしい。 搗きあがったら、隣近所へ配って歩くのが、古くから村の慣わしだ。冷えちまっては…
亭主にうとまれて親元へ返された女がね、置いてきた子の初節句をひと眼観たくても、昼日なかは人の眼があらァね。 去られたる門を夜見る幟かな よみ女しらず 子を想う心情ありありじゃねえか。冷血な悪漢の心をも溶かすってやつさ。どんな鬼亭主だって、その…
愉しみの頂上には、まさかのどん底が口を開けてるって、とかく世間で云われちゃいるがね。 あたしの場合は、愉しみの半分も過ぎちゃいなかった。常盤木の苗がほんの双葉ほどほころんだかという、笑い盛りのみどり児が、寝耳に水が押寄せたかのような荒あらし…
去年の夏、竹を植えるころだ。うっとうしい節ぶしばかりのこの世に、娘が生れてくれた。俳諧師として少しは知られるようになって、郷里へ戻って妻を持ったのが五十二歳。初めての子さ。理不尽なことばかりの世に、せめて聡くあってほしいとの思いから、「さ…
むかし大和の国は立田村ってとこにね、おっかねえ女もあったもんで、まま子に十日も飯を食わせなかったってさ。しかも椀に山盛りの飯を見せびらかして、 「あの石地蔵さんがこれを食べたら、おまえにもやるよ」だってさ。 子はひもじくてひもじくてならねえ…
高井郡六川って里にある山の神の森で、栗を三粒拾ったもんで、庭の隅に埋めておいた。芽を出して、艶つやしい若葉も嬉しそうだったんだがね。 東隣が境界一杯まで、次つぎ建て増しするお宅でね、栗の幼木には陽も射さなけりゃ雨露の恩恵すらろくに届かねえ始…
信州は墨坂ってところに、中村ナニガシって医者がおった。気まぐれの面白半分でね、今まさにつるんでるさなかっていう二匹の蛇をね、叩き殺しちまった。 その晩のこった。その医者のあそこがね、つまりそのゥなにだ、大事なイチモツがよ、ズキズキ痛み出しち…
ここいらの子どもたちに、こんな遊びがあってね。 蛙を生きたまんま、土に埋めちまってね、声をそろえて唄うのさ。 「ひきどのめでたくお亡くなりぃ、お亡くなりぃ。おんばく持ってとぶらいにぃ、とぶらいにぃ」 ってね、口ぐちに囃したてたかと思うと、埋め…
今年、奥州路へ修行の旅に発とうと思い立った。頭陀袋を首から提げ、小さめの風呂敷包みを背にして歩く自分の、道に映った影法師だけ観るとね、おっ、すっかり西行法師! まんざらでもない気分だったねぇ。 ところがさ、いくらナリばかり整えてみたところで…
友達に魚淵って男があるんだが、こいつがどうもねぇ……。 魚淵の家の牡丹は、他に比べるものありえないほど見事だと、もっぱらの評判でね。次つぎ口コミに伝わって、近在はおろか国ざかいを超えた信州外のお人までが、わざわざ観にやって来られようって日々な…
元日の丑の刻(っていうと夜中の二時だぁね)に始まって、きっちり八日目ごとに、天空から妙なる音楽が聞えてくるって、誰が云い出したもんだか、まことしやかに云い触らされたことがあってね。拡散ってやつだ。 いついっかの夜中、どこそこで俺はたしかに聴…
妙専寺の鷹丸という十一歳になる息子はね、親元で修行中の小坊主さんだったが、この三月七日、うらうらと霞が立つような良い日和だったもんで、兄弟子の荒法師の供をして、荒井坂あたりで芹だのナヅナだのを摘んで遊んでたそうだ。 おり悪しくこの好天に飯綱…
丹後っていうから京都の北らしいが、普甲寺の上人ってお人は、とんでもなく西方浄土への憧れが強いお人でね。大晦日の晩、一人しかいない小僧さんに、手紙を託して、 「いいかい、明日の朝きっとだよ、忘れちゃいけないよ」 きつく言いつけたとさ。 さて元旦…