一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

2024-01-01から1ヶ月間の記事一覧

時代の痕跡

文学や芝居や映画にとって、新宿の街がとても重要だった時代の思い出噺だ。 映画界のツワモノがたから噺を伺うという、三夜連続の講演会があった。場所は紀伊國屋ホールだったと思う。 第一夜は吉田喜重。長身細身の美男紳士が登壇した。もし大学教授だった…

紙一重

じゃが芋をいかに食うか。算段の軸はどうやらそこだ。 一日一食半。それに机もしくはパソコン前にかなり長く腰掛けているから、ついつい口淋しくなって間食をなにか。経験から割りだされた、わが適切食事量だ。それ以上摂取すると体重が増える。酒を飲んでも…

自首します

覗き魔かと怪しまれるだろうか。なるほど似てはいる。盗撮者として告発されるだろうか。似てはいる。犯罪行為に似ている。当方にその自覚がなくとも。言葉面だけでも、自首しておこう。 二階家が丸ごと庭木に包みこまれたようなお邸が、かつて十字路の角に建…

祝賀の夜

「いよゥ!」 久かたぶりに顔を合せても、気軽にグータッチで挨拶できる、今のところ唯一の友人である。 一千日連続投稿の日を健康で達成できたことなんぞ、どなたにとってもどうでもよろしい、まことに私一個の祝賀だから、独り祝杯を挙げたくなった。飲み…

連続一千日〈口上〉

仙厓「烏鷺雪中」(部分)。雪景色のなかの鴉と鷺の画だそうです。 心痛むことの相次ぐ新春でございましたが、お身内に取返しつかぬ災厄はございませんでしたでしょうか。お見舞い申しあげます。 天災人災を問わず、内外に悔しいできごとの絶えぬ年を迎えま…

激烈

「此蓄生」たった三文字の賛が付されてある。 この季節の拙宅内はつねに寒く、私はたいてい鼻風邪を引いている。熱は出ない。躰が怠いということも、節ぶしが痛むということもない。ただのべつ幕なしに鼻水が出続ける。凄い量で、毎分ごとに鼻をかまねばなら…

絶頂期

気に入らぬ風もあらふに柳哉 仙厓 岐阜県の農家の子が地元の臨済の禅寺で得度して小僧になったのは十一歳で、十九歳のとき神奈川県の寺へ移って本格修行に入る。師より印可を受け、寺を出て独り行脚の旅に出たのが三十二歳で、福岡県の寺へは三十九歳で入る…

野菜の顔色

久しぶりの揚げびたしである。 とにかく野菜を食ってさえいればという老人食の日々だが、昨秋からはカレー味・デミグラス味・ホワイトソース味の循環だった。そろそろ退屈してきた。夏場は日保ちの心配から、煮物保存食を避ける気も湧くから、揚げびたしは半…

事の始まり

民主主義という語を、いつどこで覚えたのだったろうか。 小学五年六年時の担任教諭は、いかにも戦前の女子師範の節度謹厳を思わせる怖いオバチャン先生だった。私は自分の出来には余る教師運に恵まれた男と思っているが、まず最初がこの先生だ。あれこれの場…

やはり深夜に

祝・新装開店! 集中力の老化は、意識を切換えながら複数用件を併行処理する能力の減退として、顕著に表れる。直列乾電池でしか流れぬ電流みたいだ。 七草にはユーチューブ収録と新年会があるから、松の内はそのことだけを考えて過した。一週間後には原稿〆…

大寒

来年の今月今夜、再来年の今月今夜、宮さん、僕はきっとこの月を…… 濡れる心配ないほどの小ぶりながら、冷たい雨の日曜日だ。昨日から大寒に入った。予定どおりコインランドリーへ行かねばと思いながらも、ついつい動きが鈍って、昨年一昨年の同日の日記をク…

気合ダァ!

年頭愕然。そして反省。そして決断。 拙宅内の片づけに重大な障害となっているもののひとつは、わが生涯にもはや再読の機会は訪れまいと思える書籍類だ。場所を塞ぎ、移動を妨げ、よろづ片づけの邪魔となってある。 中味を空にした箪笥だの、故障したままの…

ハーケン一本

ベーカリーの総菜パンにて、朝食とする。メンチカツパン、大切な仕事に出て行く日のゲン担ぎだ。 最年長の出席者が、今さら気分を新たにしたり、身なりを整えたりしたところで、会に華を添えることにもなるまい。むしろ滑稽だ。隅っこの置物として、くすんだ…

一輪

オヤッ、君ひとりだけ、どうしてそんなところに? 「本年もお世話になります。よろしくお願いいたします」 年末に伺ったきりで、今年最初の散髪だから、年明けのご挨拶となる。マスターとの浮世噺は、どうしたって能登震災から始まる。こんなことがあったら…

鳩の昼食会

鳩の会議。じつは昼食会だ。 西武池袋線は飯能までさしたる方向転換もなしに、ひたすら西へと下る。上り電車と下り電車とは左側通行のようにすれ違うから、いずれの駅においても、下りホームは南側に、上りホームは北側にある。 鳩たちは夜間どこに巣くって…

次なる街

現場のガラス引戸が開いていた。ガラスといっても、油紙のようなシートと粘着テープとでマスキングしてあって、ふだんは中が見えない。もとは自動ドアだった。 たまたま開いていたので、覗いて視る気になった。奥で三人の作業員が休憩している。一人が煙草に…

とある上機嫌

シナモントーストと珈琲。珈琲館に立寄ったさいの、気に入りメニューだ。 原稿を編集部に届けた。たいそうな原稿じゃない。二枚半。雑誌仕上りで一ページの記事だ。先ごろ意欲的な候補作をいく篇か読ませていただき、いずれが受賞作かといった選考のお手伝い…

どんどカレー

定番保存食のひとつ、カレー(のようなもの)を仕立てた。 一日一粒。まことにもってしみったれた消費を続けてきた栗きんとんの、最後の一粒を頬張った。偶然だが、伊達巻の最後のひと切れがタッパウェアに残っていたので、ついでに頬張った。ホッケの最後の…

常備医療用品

目下の肉体的疾患もしくは損傷としては、火傷だ。左膝下から脛にかけて三か所、点として数えれば五か所。右脛に一か所、点としては二か所。計四か所七点である。 夏も冬もエアコンを使ってない。父の介護に明け暮れしているころ、病人は冷暖房の風を極端に嫌…

空の寒

寒さを押して、買い物に出る。 疫病騒ぎがあって、ウォーキングの習慣を怠けるようになってから、運動不足による気力・体力の減退は眼に見えて顕著だ。せめて買物くらいはという気がある。草履・サンダルを避け、靴に履き替えるようにしている。ただし風が冷…

ブルペンにて

ルーキーと、だれもが眼を疑った奇跡的カムバックの老選手とは、初対面だ。老選手 初登板お疲れさん。さぞや緊張したろう。入団してどれくらい?ルーキー ありがとうございます。ガチガチでした。まだ四日目です。老 そりゃ運が好いや。古株どんぶり連中が、…

解るよなあ

松が取れたら、いっせいにダンボール。因果関係はあるまいけれど。 およそ一日おきのペースで、コンビニへ煙草を買いに行く。昨年のある時期までは、拙宅筋向うといってもよい十字路角にファミリーマートがあって、すこぶる便利だった。繁盛店だったのに、な…

故障者リスト

蓋付きのどんぶりが、一脚だけある。昭和の生残りだ。 わが家にはふた系統のどんぶりがあった。ひとつは藍色地に、水流だろうか柳の枝だろうか、灰色の縦筋模様が全面に入ったもので、古風な浴衣地のごとくおとなしく、地味なものだった。もうひとつは昔の日…

松さげる

門扉左右の松をはずす。玄関玉飾りをおろす。空気や水の入口だの鬼門の窓だのを守護していた裏白の輪飾りをすべて集める。 昨日七草のうちに下げるべきだったろう。そう思わぬではなかったが、立込んでいた。心急いていたのだ。閑用として翌日回しにしてしま…

険しい時代の人たち

若き日の一時期、なんとかして理解しようとムキになってはみたものの、容易には歯が立たなかった本というものがある。今想えば、肩の力を脱いて、平易に読めばさほどの本でもなかったものを、未熟ゆえにそうはできなかったという苦い思い出である。それもこ…

にわか報告

お大師堂前には、大きな藁囲い。 先を争っての初詣には興味がない。「怠け者の節句働き」という例えもあるが、ふだん寄りつきもしない癖にこんな時ばかり熱心な振りをしてみたところで、どうなるものでもあるまい。弘法さまにも仏たちにも、事態は丸見えにち…

いのち

ラッキョウ入れの小鉢が割れた。昔流の験(げん)担ぎで申せば、数が増えた。 左手の小盆には淹れたての珈琲が載っていた。なみなみと注いであった。右手で冷蔵庫の扉を開け、小鉢を戻そうとした。なにもかもを老化による意識散漫のせいにするのは卑怯だろう…

初声

ついに息する人に声を掛けた。本年初声だ。 寝そびれたので、いっそのこととばかりに外出した。夜半の小雨は上っているが、曇り空で、アスファルトはあちこち濡れている。神社へ向う。もう初詣の人出もあるまい。そう思うのは私の常識足らずで、朝から参拝客…

初荷

当ブログの「古書肆に出す」シリーズをお眼になさってくださったかたから、だいぶ片づいてきたでしょうと、お声掛けいただくことがある。おかげさまでと、いちおう応えてはいる。が、あくまでも挨拶であって、実情はどこが進展したのかという状況だ。 空間を…

同居人

寝正月出がらしもはや二年越し どなたとも、ひと言も口をきかぬ元日だった。今年に入って、まだ声を出してない。 正午すこし前に起きて、本年最初の数値測定を済ませると、まず郵便受けから年賀状を取ってきた。当方からお出ししてないかたの賀状がなん枚あ…