一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

外国文学諦めた



 読んでみたいと買ってみた。挑んでみたら、あまりに長かった。でも読むに足る作品ではあるようだ。いつか再挑戦して読了したいもんだ。命あるあいだに、果したいもんだ。さよう思って、書架の片隅になん十年も眠り続けてきた本たちがある。

 小林秀雄の大著『本居宣長』は長年にわたって雑誌『新潮』に連載された。あまりに長年だったから、書評子も読者も馴れっこになってしまって、言及されることもなかった。月づきの文芸時評その他で取沙汰される機会など皆無だった。小林秀雄は、たいそう孤独だったという。こんなもんを読んでくれてる人が、世の中のどこかにあるのだろうかと。
 連載一段落して単行本化されるや、世は絶賛の嵐で、重版されるわ賞をくださるわで、小林秀雄自身がすっかり面喰っちまったという。鎌倉駅前にある行きつけの鰻屋のご主人までが、「あたしも買いました、先生、サインしてください」と、新刊の大著を差出してきたという。むろん上機嫌で署名したのだったろう。
 その逸話を講演で披露すると、鰻屋のご主人がかの大著を手にしたところでと、微笑ましいような滑稽なような、かすかに揶揄気味な笑いが会場から起きる。すかさず小林秀雄は被せる。
 「あのねぇ諸君、買った本は読まなきゃならんというキマリはありませんよ」
 会場大爆笑となった。一部の感度のよろしい聴衆は、鰻屋のご主人を揶揄する気持ちにほんの一瞬でもなった自分を恥じたのだったろう。
 その場面を眼にした私は、ちょっぴり皮肉で面白いと軽い気持ちで記憶したのだったが、なん十年も経った現在でも忘れずにいるとことを視ると、あんがい含蓄深い逸話だったのかもしれない。

 十分に理解できたとは云えぬまま読了だけした作品もあれば、途中挫折したきり続行できなかった作品もある。それぞれに想い出深い。が、外国文学の翻訳作品に、今後じっくり時間をかけて、腰を据えて読み耽る自信がもてない。このさい古書肆に出す。


 たとえばダンテの、ドストエフスキーの、マンスフィールドの、モラヴィアの、作品は今少し手許に置いておこう。それらを論じたもの、関連したものについては、もはや再読の余裕は訪れまい。
 外国文学に触れるには、私には学識がなかった。なんでも即座に教えを乞える学問的環境もなかった。しかたなく周辺書籍まで漁った時期があった。しかしそれで文学のなにが解ったでもない。つまりは自分が作品をどう読んだかの、主観に立ち戻るほかはなかった。権威にも定説にも、さほど魅力を感じなくなった。

 アウエルバッハ『ミメーシス』には学生時分の一時期、影響を受けた。しかしもう本質を考える時間もなかろう。現象だけで手一杯だ。老人の身辺とは、さようなもんだ。
 ガンジーの問題とは、詰まるところなんなのだろうと、興味を抱いた時期があった。ついに解らなかった。ヒッピームーブメントの時代にインドを体感して帰った連中の噺を聴いたり、書かれたものを読んだりすると、日本にこうして棲むかぎり解ろうはずもない思想かなとの気が起きてきて、敬したままにした。
 デズモンド・モリスはたしかイギリスの動物園の園長さんだったが、『人間動物園』は面白い本だった。現代の都市化の矛盾を称して「都会のジャングル」なんぞと云う人があるが、とんでもない、ジャングルに謝れとの言分に眼を醒まされる想いがした。ジャングルとは豊かにして奥深いもので、現代の都市化を云うなら「都会の砂漠」と云い直すべきだとの主張だった。内山田洋とクールファイブ「東京砂漠」よりずっと前のことで、この指摘には新鮮味があった。

 『堀口大學全集』補巻2 は迷う。シャルル・ルイ・フィリップの短篇の訳すべてが収録されてある。いわば決定版だ。しかしフィリップ短編集だけなら、世に廉価本も文庫本もある。その他の堀口訳業も収録された本巻を、私なんぞよりも有益に読めるおかたも多かろうから、私が所持していなければならぬ理由はない。
 外国文学読者としての自分の限界に鑑み、あれやこれやを古書肆に出す。