一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

2024-05-01から1ヶ月間の記事一覧

雨上り行列

正午までに雨は上ると、天気予報は告げている。伊豆諸島沖を通過する台風が、遠ざかってゆくそうだ。しかしみすみす時間の無駄もできないから、出かける。 銀行 ATM の前には行列ができている。晦日だ。いよいよ支払いが待ったなしだとか、今日中に手形を落…

桜の樹の下には

「櫻の樹の下には屍體が埋まつてゐる!」 出逢いがしらに読者の横っつらを張りとばすような一行で、梶井基次郎『櫻の樹の下には』は始まる。わずか六枚ていどの掌篇だ。主人公(語り手)が「お前」という人物に説明する、もしくは諭し聴かせるといった、語り…

闇の絵巻

梶井基次郎(1901 - 1932) 梶井基次郎『闇の絵巻』を解説する気はない。十枚ていどの短篇だが、解説しようとすればその枚数を超えてしまう。ナンセンスだ。 話相手はなく、仕事も手に着かない。転地療養中の主人公は、深い谷に抉られた急峻な山路に沿う集落…

五月でした

タカセコーヒーサロンの二階席への階段を昇りきった左手には、膝か太腿の高さの台が設けられてあって、季節ごとのミニチュアが飾られてある。 もし三階席でもあれば、階段の踊場ともなったろうが、今の設計では、ややもすると無駄な片隅となりかねぬ場所だ。…

闇を知る人

先日とある寄合いに、彼も出席と事前に知って、ぜひとも教えを乞いたきものと期するところあって出かけた。 四月二十日深夜、伊豆諸島沖にて訓練中だった海上自衛隊所属のヘリコプター三機のうち二機が、上空で正面衝突し、八人編成のうち一人死亡七人が行方…

桜木町、伊勢佐木町

古本屋研究会の若者たちに連れられて、横浜桜木町から伊勢佐木町を歩く。私にしてみれば、たて続けの遠出だ。 桜木町駅から山手がわのゆるい傾斜地一帯は、近年飲食街としての発展が目覚ましい。通い詰めれば、もしくは近隣へ引越して来れば、さぞや面白い街…

なんとなく佳き日

春先から今ごろまでに白花を着ける花木と云えば、近所にはハクモクレン、コブシ、ハナミズキ、タイサンボクなどの、かねがね眼を着けてきた株がある。だがそれらに較べるとややスター性に乏しいものの、私はヤマボウシの花が好きだ。 といっても花と見える部…

太平洋展

片倉 健『樹影』 今しも遠い山の端に没しようとする急角度の西陽に照らされた、農村風景だ。作物や草がすっかり刈りあげられた畑や野原に立木がひと株、異様なまでに長い影を、東に延している。、 人らも家畜たちも機械も、今日を切りあげて帰っていった。大…

行列の尻尾

メンチカツサンド、ポテサラサンド、チーズ入りくるみパン。 大事な用件の前には、「カツ」の付く食べものを口にする。じつに愚鈍なゲン担ぎだ。 旧い仲間の一人に、商売と音楽とに過してきた人生にひと区切りつけて、余生の生甲斐に画を描いている男がある…

共感

午前十一時の時報と同時に、拙宅に北接する区立施設の屋上スピーカーから、大音声が鳴り響いた。長らく工事中でビル全体がテント地や黒い遮蔽幕で覆われたままだが、屋上のスピーカーだけは通常の機能を果そうとするらしい。音が割れて、ひどく耳触りの悪い…

埋れたように

ようやく陽の目を視たユキノシタである。 東に接する隣家との境界塀ぎわのむしり残しを、数日前に潰したのだったが、ユキノシタだけは、あえてむしらずに目こぼししておいた。似たものがほとんどない特徴ある花を観てから、まとめて始末しても遅くはないから…

えんま市

えんま市(6月14~16日)まで、一か月を切った。村上市の村上大祭、新潟市の蒲原まつりと並んで、新潟三大高市とされる。高市(たかまち)とは縁日のことだ。市内の閻魔堂を中心に四百とも五百ともいわれる露天商が並ぶ。 そもそもはこの地に馬の市が立って…

風景の移ろい

映像ではどれだけ観せられたものか、見当もつかない。しかし肉眼で、これほど間近に東京ドーム球場を観るのは初めてだ。 今年に入ってから、六十年前のチームメイトが二人、相次いでシューズを脱いだ。かねてより健康不安を抱えていたとはいえ、ともに医療成…

東部戦線

それぞれなにがしかの理由があってむしり残された、飛び地のごとき箇所がある。それらを潰してゆく。東側隣家との境界ブロック塀に沿って、南から北への三日間だ。 第一日目。門扉すぐ内側。見てくれだけ両開きの門扉だが、じつは外から視た右側は今風カンヌ…

産地直送

この季節がやって来た。大北農園でのご丹精の収穫品ご恵贈だ。学友が余生の愉しみと実益とを兼ねて野菜栽培に精を出してくださっているおかげで、年になん度か、私は野菜お大臣の気分を味わうことができる。 今回は蕪と大根と小松菜と春菊とをいただいた。大…

外国文学諦めた

読んでみたいと買ってみた。挑んでみたら、あまりに長かった。でも読むに足る作品ではあるようだ。いつか再挑戦して読了したいもんだ。命あるあいだに、果したいもんだ。さよう思って、書架の片隅になん十年も眠り続けてきた本たちがある。 小林秀雄の大著『…

中山道を歩く

巣鴨駅前を出発。商店街では「千鳥饅頭」も「千成もなか」も健在だが、買物はしない。帰れば冷蔵庫に茹小豆の缶詰がある。 お婆ちゃんたちの竹下通り(旧中山道)への入口すぐ手前に江戸六地蔵尊として名高い真性寺。真言宗豊山派の寺院で、御府内八十八箇所…

入梅まえに

眼醒めた時刻に空が晴れていたら、とにもかくにも草むしりである。放置したまま梅雨入りしてしまおうものなら、手が着けられぬことになる。ここでひと叩きしておくことで、盛夏作業が楽になる。経験だ。 頑張りは禁物。ひと坪作業にして、三十分作業が原則だ…

知らぬが仏

NASA/GSFC/SDO 太陽の表面で、観察史上最大の爆発(フレア flare)があったという。太陽エネルギーの活動は十一年周期で消長してきていて、来年が次の頂点だそうだ。 爆発から約八分後には放射線(X線など)が地球に到達し、三十分から二日後には高エネルギ…

奉納

神社の境内は、午前中から賑わった。神楽舞台では、青年楽師たちによるお囃子が披露されている。今日は無形民俗文化財である獅子舞が奉納される日だ。たった一軒だが露天商のテントが張られて、お面が並んでいる。 大鳥居をすぐ眼前にできるロッテリア二階席…

物忘れの手柄

副菜小鉢もしくは間食用として、カレーとヒジキ大豆とを交互に、三回づつ補充したことになる。そろそろ退屈してきた。 次をどうしよう。と生意気云ったところで、レパートリーが豊富なわけじゃない。数かずやってみてはきたが、調理にも相性というもんがある…

石清水

旧友三人寄っての小宴。和風個室居酒屋。間違ってもステーキハウスやイタリアンレストランにはならない。 前回がいつだったか、記憶も定かでない新宿。時間に余裕をもって出かけた。紀伊國屋書店やらビヤホールライオンやら、名曲喫茶らんぶるを観て歩く。話…

床屋同窓会

明日、旧友と会うべく、じつに久しぶりに盛り場へ出る。わが宮本武蔵ヘアの始末が、いよいよ待ったなしである。 駅までの道筋に、ちょいと想い浮べただけでも三軒の理髪店があるなんぞと考えたのは、とんだ迂闊だった。意識しつつ歩いてみたら、六軒も七軒も…

アジアと私…?

公園の入口では、満開のバラが出迎えてくれる。花壇へと歩を進めれば、赤・白・黄色と春の草花が、行儀よく整列している。ふだんであれば、気持の好い散歩コースのはずなのだが。 庄司理髪店が、かれこれひと月以上も店を休んでいる。「お客さまへ 体調不良…

一千と百日〈口上〉

【仙厓】吉野でも花の下より鼻の下(部分) 昨日投稿いたしましたる「その日はきっと」をもちまして、当『一朴洞日記』は一千と百日連続投稿を達成。本日は一千百一日目でございます。私ごとながら、ひとつの区切れ目には相違なく、あなたさまを始めといたし…

その日はきっと

第一日目。門扉から入ってすぐの建屋がわ。 好天続きの数日、片づけに精を出したいところながら、珍しく外歩きを頑張ったりしたこともあって、肉体疲労気味だ。雑草むしりをわずかづつでも進めようかと。 春もそこそこに夏日到来とか。元気な若者でも、躰を…

月並ですが

結局はいつもの店で、いつもの席で、〆鯖に冷奴。うんざりするほど月並な定番だ。 なん年ぶりかで、巣鴨駅周辺を歩いた。 学生時分には、同人雑誌の月例会や合評会を、駅前の喫茶店「白鳥」で催した。雑居ビルの二階全部を占めた、L 字型に広がるだだっ広い…

染井詣で

芥川龍之介一家は染井の地に眠っている。染井霊園に眠る、というのは、正確ではない。東京都が管理する染井霊園に隣接する、日蓮宗慈眼寺の墓地に眠っている。 墓所域内に、龍之介の墓石と芥川家の墓石とが並んである。俳優芥川比呂志と作曲家也寸志の兄弟も…

おかげさまで満三年〈口上〉

春から初夏への花ばなが、先を競って咲き匂う時節となってまいりました。あなたさまにおかれましては今年のゴールデンウィークを、いかがお過しでいらっしゃいましょうか。 埒もなき日々の繰り言のあいだに挟まりまして、ひと言ご挨拶とお礼を申しあげます。…

こうなりゃヤケで

雨である。珍しく、外出する気満まんだったのに。 メイデーは国民の休日でこそないけれども、かつて労働者の祝日ではあった。ご近所の清水木工所からも鈴木鉄工所からも、機械の音は聞えてこなかった。 どこどこで共産党系の、あるいは社会党・総評系の集会…