一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

ほぉら



 週に一度の資源ゴミ回収日だ。缶・瓶・ペットボトルである。いく週間分か溜って、ゴミ出しする甲斐がある量になったので、早起きした。

 日照まえの涼しい朝だ。二度寝してしまうのはもったいない。予定外だったが、建屋周辺を視て廻る。じつは階上の窓から視おろしたとき、ふと気になったことがあったのだ。敷地の北東角に不穏な葉影ありと。
 この場所のシダ・ドクダミを引っこ抜いたのは、日記によれば五月十八日のことだ。抜き跡に穴を掘り、野菜ゴミを混ぜた枯枝と枯草とを詰めて、塞いでおいた。次第は「東部戦線」なんぞとふざけた題名で記してある。それから丸ひと月が経った。
 足の速いシダ類がいち早く茎を伸ばし、葉を広げてきたなかに、それらを圧するかのように、視憶えのある丸葉が勢いを見せている。ほぉら、やっぱりだ。カボチャである。野菜ゴミのなかの種子が、芽吹いてきたらしい。
 別な地点ではあったが、昨年も同じことがあった。どうなってゆくもんかと興味をそそられるままに放任しておいたところ、思いのほかに蔓を伸ばし葉数を増やして、かえって引抜き時をつかみあぐねる始末となってしまった。拙宅の定連雑草類と較べて、寸法においても成長速度においても、格段に強力な種族である。

 今年は酔狂心を自重して、早ばやと成仏してもらうこととした。なにせここいらは地面といっても、土半分に枯枝・枯葉・野菜ゴミ混成軍半分だ。丸ひと月では、腐敗・発酵のほども知れていよう。分解なんぞは始まっているものやらいないものやら。思い出しては麦踏みよろしく踏んづけてはきたものの、地中はまだ隙間だらけのガサガサ状態だ。シダもカボチャも、容易に芽を出せようけれども足場は軟弱で、引っこ抜くには雑作もない。アッという間の作業だった。

 
 これにて店仕舞では、いかにも呆気ない。南がわへ廻ってみる。つい先日、老桜樹のひこばえの始末と周辺のフキやヤブガラシを引っこ抜いたばかりの場所だ。老いたりとはいえ桜樹の生命力は凄まじく、ひこばえの丈は日に日に成長し、老いた節ぶしには新たな幼芽を吹き出してきている。
 素性を視きわめようと、七本のひこばえを残してあった。新たに三本を伐り、将来を看るひこばえを四本とした。青龍白虎、朱雀玄武、気分は四神への挨拶である。早くも枝分れしているものもある。横へと枝を張りたがる桜の習性だ。だがひこばえに横枝は不要だから、伐り払って上への伸長のみを考えさせるようにした。
 周囲には、一番乗りのヤブガラシが地表に長く蔓を這わせている。競争相手がない場所での植物の占領意欲には、いつもながら舌を巻かずにいられない。

 数メートル離れて、前回むしり残した畳半畳敷きほどの箇所がある。二十年近くも稼動してないエアコン室外機が邪魔をして、むしりにくい場所となっていた。拙宅定連に混じって、視慣れぬ長身細葉が生えていて、気になってはいたのだが、やがて中央の茎の先端に穂を出し始めた。どうやらネコジャラシらしい。穂が出てきてようやく気づいたが、ふた株三株ではない。どこからやって来て、いつの間に、こんな狭苦しい限定地域に、小コロニーを築いたものだろうか。
 歓迎の想いは湧いたが、今朝引っこ抜かせてもらう。気分と行動とは別である。

 手着かずだった一メートル平方をさっぱりさせてみたら、ほぉら、現れた。五ミリから三センチ規模の不等辺三角形に砕かれた、オレンジ色の樹脂材が四個五個と。トラックの荷台てっぺんに付いていた、照明灯のカバーの破片だ。老桜樹に衝突して重大な損傷を受けたと、運輸会社さんが主張なさる破損資材である。
 ここは今は無きブロック塀から一メートル以上も内側ですぜ。安全走行していたトラックが、不当に道路を邪魔していた(とおっしゃる)桜樹に衝突したとすると、破片がこんな所にまで飛んで来るもんですかねえ。