一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

雨あがる

 建屋の北側。児童公園との境界塀とのあいだ。難所のひとつである。

 昨日はいっとき雷雨に見舞われた。翌日の草むしりは、作業衣や軍手や道具類が濡れて、やや始末に手がかかる。その代り土の湿り気が作業を楽にしてくれる。根や地下茎を引っこ抜きやすい。
 手前半分は、建屋東側からの連続でドクダミ・シダ・ヤブガラシの基本三種に蔓草類だから、つねの作業を開始した。
 塀を這い上って児童公園側に乗越えているヤブガラシを強引に引き剥がす。一見したところより遥かに長い蔓が、ずるずると大量の葉とともに巻取られる。拙宅から児童公園にご迷惑をおかけしていたわけだが、今日の新発見は児童公園側からもヤブガラシが這い上ってきていて、塀の上で絡みあったりしていたことだ。ご対面である。
 地中浅くを横に這う地下茎の性質からして、塀の土台のコンクリートを潜ったとは考えられない。草むしりを怠けて花を咲かせてしまうこともないではないから、虫媒か風媒によって植民した遠い親戚の可能性はあるが、直接の兄弟ではあるまい。拙宅側に根をもつものたちだけを、とりあえずは引っこ抜いた。

 問題はその先半分、つまり西寄りである。限られた時間ながら西陽が射す故か、草木の顔触れが少々異なる。基本三種がはびこるのは同じだが、他では視ない連中も混じって、より多彩となる。手を焼かされる相手もある。昨年はオニアザミに閉口させられた。視逃すうちに、地上一メートルほどにまで育ってしまったのだ。茎も葉も強靭な棘に鎧われていて、相手をしかねた。
 それがなさそうなので、今年はいくらか楽かもしれないと、身勝手に算段していた。ところがである。人間世界の災厄も病気も同様だが、やって来て欲しくないと思うものは、まずもって確実にやって来る。真上から眺めると四方八方へ菊花状に葉を伸ばした草があって、タンポポにしては馬鹿でか過ぎる。野菜の葉と見えなくもない葉だがと遠くからは眺めていたのだったが、近づいてみたら、すべての葉の葉脈の先端からは棘が出ていた。

 芽吹いたらまず、地表面に沿って葉を伸ばす。消費エネルギーを節約する作戦だ。上へ伸びる野心を隠して、まず光合成して根を太らせるのだろう。たっぷり力を蓄えてから、やがて上へと伸びてくる目論見にちがいない。
 昨年は単騎または少数編成だった。一メートル丈がひと株、五十センチ丈がふた株ていどだった。対応に窮した私は、根の始末にまでは至らぬまま、とりあえず剪定鋏を用いて地上部分だけを伐り払った。敵も計画を練ったにちがいない。今年はかなりの大編成だ。
 葉や茎に直接触るのは危険なので、釜の先端で暖簾を掻き分けるように葉を寄せ、地上最下部を束ねてしっかり摘み、力任せに引抜く。思いのほか抵抗力があり、株によってはスコップの出動が必要となった。大小取り混ぜて二十株近く引抜いた。

 西詰めには、フキが大葉を広げている。東側にはまったく姿を見せぬ連中だ。建屋の南西角付近で、花梨や万両の根方に生えるのが南限で、コインパーキングとの境界をなす西壁にそって帯状に繁殖し、ここが北限である。幼い株のうちなら容易に引っこ抜けるが、茎が五本も十本も株立ちしたような大株となると、根張りは侮りがたく、ここでもスコップの登場となった。
 今日は草の量がことのほか多かった。それだけ土が痩せて貧相になったということだ。巧く枯れさせて、適当な場所に埋め戻さなければならない。

 なん日か前に、ネズミモチの切株と根を掘り揚げてできた穴に、枯れ切った枝葉をぎゅうぎゅう詰めにして、併せて冷蔵庫で期限切れにしてしまった鶏肉や竹輪の切れっぱしまで放りこんでおいた場所には、朽ち板を被せておいたのだった。
 雷雨によって嵩が減ってしまってはいないか、地面が凹んでしまってはいないかと、板をちょいとめくってみた。早くもダンゴムシの一大コロニーとなっていた。そのほか蜘蛛やら小昆虫やらが、慌てふためくように散って行った。肝を冷す衝撃を与えてしまったのだろう。
 本日もまた、小動物たちに対しては、環境激変の大災害を及ぼしたことになる。夜ごとコオロギが安心して啼き交した楽園は、わが一時間の作業によって、壊滅的な打撃をこうむったはずである。