一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

あらぬ誤解

 入院生活にも、当初・頂上・退院待ちと、それぞれの気分があって、退院待ち期に入ると、退院したらさてまず何を食うかと、あれこれ想像を膨らませて日々過すようになる。
 五年前の入院のさいには、よぉし退院したら鰻重食うぞぉ、と意気込んだものだった。昨年は、厚切りとんかつ食いてえなぁ、だった。
 さて退院。厚切りとんかつの元気が、いささか失せていた。博多屋の串カツでいいか。無遠慮なヴォリューム、乙女の口内炎を悪化させるようなガリガリの衣。われら昭和の平民の味方だ。串カツとハムカツは博多屋に限る。

 

 別のとき、その店のカウンターで、陽気に談笑する二人連れのご婦人がたと隣り合せた。ジーパンを改造した私のショルダーバックが、えらく汚くてお洒落だとの口実で話しかけられ、まあそのなんというか、酒場トークとなった。
 アンタ面白い人だねぇ、仕事なあに? 
 えゝと、どう云ったらいいか……。
 ちょっと怪訝な眼差しで視られてしまった。隠す気も誤魔化す気も、断じてなかったのである。信仰はなにと問われたのであれば、弘法大師と、即座に応えられたのに。ほんとうに自分の仕事を、説明しかねた。
 また話したいね、番号教えてよ。と携帯を取出された。
 すいません。スマホ・携帯の類、持合せませんで……。

 すっかり鼻白んだ面持ちで、あゝそう、じゃあね、と二人は出て行ってしまった。
 あとで思ったのだが、お一人のほうは、ちょいと惜しかった。そうだねえ、齢のころ六十になるかならぬか。