一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

暑中冷や水


  なん十年ぶりかで、コート内に足を踏入れる。ゴール下で腕を一杯に伸ばし挙げてみる。ゴールネットははるかに遠い。ましてリングは……。こんな上空のリングに指の第一関節が触れていたということは、かつて自分はどんなジャンプをしていたのだろうか。半信半疑の想いだ。

 母校バスケットボール部の OB 会である。午前中は母校体育館に集合して紅白試合。正午より正門前のレストランにて昼食宴会というプログラムだ。還暦過ぎから後期高齢者まで十八名参集。幹事のユーモアと思いやりから、紅白戦は「試合」とは銘打たずに、「玉拾い会」と名付けられてある。
 一度ならず二度三度と傷物になったわが肉体に鑑みて、諸賢にご迷惑をおかけするは本意ならず、これまでは午前の部を遠慮させていただき、会食のみに顔出しさせていただいてきた。

 ところが、長きにわたった校舎の大規模リニューアル工事が先ごろようやく完成した。同窓会では披露目の集りも催されたやに聴く。新体育館をこの眼に観てみたいとの気持が湧いた。その床を走ってみようとの野望までは、さすがに抱きはしないけれども。そこへ幹事団から、コートに立たずに見学だけでもよいから、午前の部にやって来いとの懇切なお誘いがあり、「恥を忍んで」の想いで出掛けてみた。
 大袈裟を申すのではない。一礼して体育館に入り、さらにコート内にまで足を踏入れるとなれば、すなわちボールを奪取してゴールを目指す気概を持たねばならない。それがバスケットボールプレイヤーというものである。むろん今の私に、その気概も闘志もない。堅苦しく申せば、ボールに対してもシューズに対しても、コートに対してもゴールリングに対しても、失敬千万な存在である。
 ただ老いさらばえたとの一事由をもって、なにもかもが許される。ありがたいと申すべきか残念と申すべきか、特権と申すべきか屈辱と申すべきか。おそらくはそれらすべてである。

 例によって起床時刻の遅い私には、今朝の台所に立つ時間はなかった。当然予想できたから、昨夕のうちに買食い食糧を調達しておいた。「とんかつとアサリごはん弁当」(サミットストア謹製)。申すまでもなく、験担ぎの定番、とんかつ弁当である。
 今日は早起きせよとの、幹事団からの脅迫にも似たご案内をいただいていたので、これでも万全を期した想いだ。定連の験担ぎ食とんかつのほかに、なんとアサリごはんですゾッ。私としては最大級の入念である。
 記憶する限りでは、初めて口にする弁当だったが、電子レンジで再加熱してみても、たいそう美味かった。ただし今風の上品な味つけで、もし自分でアサリ飯を炊くのであれば、酒と塩をもう少し強くするところだがとの印象。近ぢか自分で炊いてみようかとの気が起きた。

 パスモを使って駅へ入るのは、いつぶりだろうか。やって来たのはハリーポッター車輛だった。旧豊島園跡地がハリーポッターのテーマパークとなったらしく、その宣伝車輛だ。これもなにかしらの縁起かと思い、乗込む直前にシャッターを切ってみたが無残にも手ブレ。池袋駅にて下車の後、人波が切れるのを待ってようやくワンカット撮った。
 かようにしてまで幸先を整えたつもりだったが、その後の経過はやはり、われ老いたりの印象ばかりが残る一日だった。