一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

花道

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 まず、なにが起きているのか。噺はそれからだ。
 今シーズンのWリーグも、ファイナルの2(もつれゝば3)試合を残すのみとなった。わがレッドウェーブと対戦するのは、強敵トヨタ自動車アンテロープスである。

 コロナ禍に見舞われ、レギュラーシーズンの全試合を消化することはできなかった。チームにより消化試合数にバラつきが生じざるをえなかった。
 順位は勝ち点にて決められる。勝ち2、負け1、試合不成立0、で計算する。レッドウェーブは、17勝3敗だったが、不成立が4試合と、リーグ最多だった。ゆえに4敗のデンソー、8敗のトヨタ紡織よりも勝ち点下位で、レギュラーシーズン5位となった。
 しかしそれは仕方ない。シーズン前からの取決めである。決勝トーナメントで、下から上ってゆくから試合数が増えることにはなったが。

 この不運に奮起したとでも云おうか、決勝トーナメントに入ってからの、充実ぶりは見事の一語。日立ハイテクトヨタ紡織には順当勝ち。セミファイナルでは、レギュラーシーズン1位のENEOS 相手に三番勝負を二連勝で片づけた。
 戦前オッズはむろんENEOS である。が、もともとディフェンスと走力では負けていない。あとは大砲のコンディションとゴール下の格闘技である。
 スリーポイントシュートには、どうしたってその日のコンディションが関係する。宮澤・モニカの日本代表二門がともに火を噴いた。内野・内尾の副大砲も当った。中長距離もドライブも速攻も、あらゆるバスケ技術に傑出した篠崎の縦横無尽ぶりは、いつもどおり。移籍新加入の中村の底力はさすが。将来のリーダーたち岡田・田中・藤本も、頭角を現した。つまり、レッドウェーブのほゞすべてが、遺憾なく発揮された。
 試合内容を観れば、ENEOS に順当勝ちしたようにさえ見える。

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©Getty Images

 さて今週末ファイナルだが、キャプテン町田瑠唯の壮行試合となる。先方をお待たせしている恰好だから、ファイナル終了後数日うちには、ワシントン・ミスティックスへと旅発つだろう。WNBA への挑戦だ。オリンピック出場全チーム選手中もっとも小柄だった司令塔が、全米プロバスケ中もっとも小柄な司令塔となりにゆく。
 ミスティックスのヘッドコーチ兼ゼネラルマネージャーのマイク・ティボーは、何年も前から町田に眼を付けてきたが、オリンピック終了までは本人の気持を騒がせまいと、気を使ってくれた。新しいことは必要ない、今のプレーをWNBA でも披露して欲しいと要請してきている。
 もちろん町田本人は「ボコボコにされるかもしれない、それも含めて、経験でありチャレンジ」と、あくまでも謙虚だが。

 ファイナルの会場は代々木第一体育館。夢のようだ。かつてバスケは、収容人数の少ない第二体育館が最高で、全日本実業団も、関東学生の決勝もそこで観戦したものだ。
 先の東京オリンピック1964でも、スターぞろいのアメリカ・チームやブラジル・チームでさえ、第二体育館のコートに立ったのだ。第一体育館は水泳会場だった。木原光知子さんが泳いだ時だ。

 今週末、代々木第一体育館は、爆発的に急増したバスケファンで満席になるだろう。昨年の東京オリンピックを機に、アイドル的スターにまつり挙げられた町田瑠唯に、カメラやスマホがいっせいに向けられるだろう。「会場内ではフラッシュのご利用をお控えください」のアナウンスが、いく度も流されることだろう。

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 もうひとつの壮行試合でもある。相手チーム、トヨタ自動車アンテロープスの三好南穂が、今シーズン限りで引退すると、ツイッターで表明した。町田瑠唯に匹敵する名選手だ。
 高校バスケ界の常勝校である桜花学園出身。先輩も後輩も、インターハイ・国体・ウィンターカップ(三大タイトル)の優勝者だらけの学校だ。だが三好は無冠である。彼女の学年がおりしも、札幌山の手が奇跡的最強チームで三冠達成した年に当っていた。そのキャプテンが町田瑠唯だった。しかし三好も高校生の時点で、町田に引けを取らぬ選手だった。

 Wリーグ選手となってからも、三好の意地は続いた。対レッドウェーブ戦では、町田がドライブすれば直後に三好も、町田がスリーを撃てば三好も必ず。炎は熱かった。
 むろん二人は、ナショナルチームでチームメイトにもなった。隠し撮りされたインサイドリポート動画でも、無意識に撮られている町田が自然に画になるのに対して、三好は物静かに笑顔だった。

 もうひとつ。かつての札幌山の手で、三年生町田からのパスを受けて毎試合大量得点の山を築き、次つぎ高校記録を塗り替えていった、超高校級大型二年生エースの長岡萌映子は、現在トヨタ自動車アンテロープス所属。三好のチームメイトだ。むろんナショナルチームの太い柱でもある。
 十二年前は町田のためだったが、今週末は三好のために、ゴール下での格闘に躰を張ることになるのだろう。

 今、Wリーグでは、若手選手の台頭が眼を瞠るばかりだ。あと二年経ったら、各チームともスターティング選手の顔ぶれはだいぶ変っていることだろう。いかなる名選手も、後輩に席を譲る日がやってくる。
 今週末の代々木第一は、二重三重に、いやもっと多重に花道である。
 観たいけどねぇー。今シーズンはけっしてコートへ足を運ばないと、決めてきた。