一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

常備医療用品



 目下の肉体的疾患もしくは損傷としては、火傷だ。左膝下から脛にかけて三か所、点として数えれば五か所。右脛に一か所、点としては二か所。計四か所七点である。

 夏も冬もエアコンを使ってない。父の介護に明け暮れしているころ、病人は冷暖房の風を極端に嫌った。エアコンを使えなかった。父歿後も習慣が残った。冷房なしに夏を乗切れるものか無理なものか、試してみてやれとの好奇心から挑戦してみたら意外や意外、扇風機と頻繁水浴びで乗切れてしまった。冬はどうだろうと、また好奇心を起したら、寒さも乗切れてしまった。去年はマグレだったかと、翌年の夏も試してみたら、という次第で、各部屋のエアコンはもう二十年近く稼働してない。
 暖房設備を持たぬわけではない。昭和の電気ストーブが一台、元気でいる。ただし一台では不便だった。長時間を過す場所といえば、寝室を除けばパソコン机のある居間とラジカセのある台所とである。一台のスト―ブを提げて移動するのは面倒だ。盆やら薬缶やら買物袋やらで、手が塞がっている場合も多いのだ。

 温風機を買った。足元に熱風が噴出してくる機械だ。昨冬を越しての感想は、たいして温かくないな、ストーブを買うべきだったかな、というものだった。二年目の今冬は、ちょいと工夫してみた。バスタオル大の膝掛けをやめてしまって、薄手の毛布を二つ折りにして、温風機をもそっくり包んでしまう膝掛けとしてみた。
 と、これが大成功。しごく温かい。椅子に腰掛けたまま炬燵に入っている心地がする。排気口が塞がれて、機械の寿命には障るのかもしれないが、いたって快適である。
 強弱二段階スイッチだが、つねに「弱」で十分。「強」に上げたことはない。それどころか熱くなり過ぎて、電源オンオフの切換えが必要なほどだ。

 なにひとつ憂いがないなんぞということは、この世にはありえない。新たなる問題点は、当然発生した。夏冬を問わずジーパンを履いて過す男なのだが、デニム地はめっぽう熱に強い。炬燵が多少熱くなっても平気なのである。アレッ少し熱いかなと感じて、温風機の電源を切るころには、手に触れるデニム地は魂消るほど熱くなっている。
 不規則夜型生活で、半徹夜(正しくは半徹昼、別名ぶっ通し)も多い暮しだから、机に向いながら突如睡魔に襲われて、ついウトウトする場合も少なくない。目醒めて、アチッチと電源を切ることもある。
 デニム地は丈夫なものである。が、わが脛の皮膚は、デニムほど丈夫ではない。パジャマに着換えようとして、ふと違和感を覚えて点検すると、脛のどこかに小さな水ぶくれができていたりする。

 西部劇で怪我を治療する場面では、ナイフの先端をアルコールランプの炎にかざしていたっけ。カッターの先を使い捨てライターの炎で炙る。水ぶくれに傷をつけて、中身をティッシュに吸わせる。指で押してみると、火傷部分は凹んでいる。水をすべて押し出したら、バンドエイドで抑えておく。
 傷口を空気に晒したほうがすぐにカサブタになって、治りも早いとは百も承知だ。しかし伸びてしまった皮膚が変なふうに粘膜に貼り着いて、不格好なカサブタとなってしまうこともよくある。原型に近い形に接着させるには、バンドエイドを使ったほうが効率的だ。

 気づかずにこんがり焼けた低温火傷は、傷痕になりやすい。症状は軽傷だけれども、あんがい予後が悪いことがあるから、要注意だ。
 わが常備薬といえば、ブルーライト用目薬と葛根湯だが、常備医療品となれば、バンドエイドとティッシュペイパーだ。さらに医療器具となれば、スライドカッターと使い捨てライターである。