一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

不確定要素



 タカセサロンの階段を昇りきって、右手に折れれば二階席がひろがっているが、左手の壁寄りには腰ほどの高さの飾り棚が設置されて、小型の雛人形が置かれてある。丈は十センチほどでうずくまり型の、けっして大声で客に呼び掛けたりせぬ、ごく控えめな人形だ。その奥ゆかしさゆえに、かえって心惹かれる客も少なくはなかろう。
 昨年の今ごろも、飾られてあった気がする。かとは申せ、来年の今ごろ、私がふたたび同じ人形を眺められるとは限らないわけだから、今日の噺は桃の節句に関係ないけれども、写真だけでもここに掲げる気分になった。

 わがパソコンは、今も不具合が続いている。復旧したとは申しがたい。あれこれいじり回して迂回路を模索し、過去投稿からフォーマット部分を抽出したりして、今この入力画面の前に腰掛けた。入力したからとて、投稿できるかは定かでない。もし投稿できぬとなればいたしかたない、昨日同様に B 機でローマ字入力するしかない。

 不具合の原因は私にある。小さな不具合を手当てせず、イイワイイワで眼こぼしして、遣り過してきたのである。積り積って、大波を喰らったといった恰好だ。
 五十五歳で初めてパソコンに触った。その前十数年ほどは、ワープロを使っていた。「文豪ミニファイブ」という名機一台を、丁寧に使っていた。若い友人たちからは「今となっては縄文式ワープロですね」と嗤われた。
 ゲーム機に興じた経験もないし、携帯・スマホも所持したことがない。コンピュータについて、あまりに無知である。基本が解ってないから、クリックミスをして、知らない画面へと迷い込んでしまうと、元へ還ってこられない。自力修正が利かないのだ。
 ありがたいことに、パソコンの指導者・先生・監督などが、数名いらっしゃる。パソコン110番である。どなたからも、知らない処へはけっして独りでは出掛けぬようにと、釘を刺されている。だから機械の性能を幅広く活用しようなんぞという野心は、まったく持合せていない。

 機能拡張しましょうとか、ウイルス除去とメンテナンスを請負いますとか、セキュリティー・システムをアップデイトしましょうとか、いろいろお誘いコピーが画面表示されることがあっても、原則として反応することはない。
 なかには、Google の元締めやら機械のメイカーやらから、抜き差しならぬご忠告があったのかもしれない。それらとサービス会社の脅し広告との見分けがつかぬものだから、ひとしなみに無視を決めこんできた。まずまずの機種ながら、怖ろしく遅れた性能によって使い続けてきたものかと思われる。


 「アカウント設定が最新ではありません」「ドライブ機能をアップデイトしてください」などなど。そりゃあ最新がいいだろうさ。でも元へ戻れなくなっちまったら、どうしてくれるんだ。
 そこへもってきて、最近お眼にかかるのが「このコンピュータは〈トロイの木馬〉に感染しています」というものだ。操作手前に立塞がってしまい、そこから先へ進めなくなってしまう。即座に修復方法を教えてやるから、今すぐここへ電話しろと云っている。フリーダイヤルの局番が、なにやら視たこともない番号だ。
 きっと外国人技術者がたどたどしい日本語で、修復法を授けてくれたあげくに、今後このような心配がないように永久に見張ってやるから、年になん万円という噺になるのだろう。

 とりあえず電源を切って、ケーブルも抜いて、機械を冷ましてみる。過去数回は、それが功を奏した。なにごともなかったかのように、作動再開した。それが昨日はしつこかった。しぶとかった。時間を措いて立ち上げると、またも襲いかかってきた。
 やむなく昨日は、B 機にてローマ字投稿した。指導者・先生・監督がたからは、Windows 7 にてネット接続など自殺行為だとまで忠告されていたのにである。
 今でこそ生意気に連日投稿しているけれども、もともとこの日記は、独り住いの老人の身をご心配くださる知友への、生存確認(当方から申せば報告)を目的のひとつとして立ちあげられた。ローマ字日記はその使命を果すための「危ない橋」だ。

 今も危機は去っていない。回り道を経なければ、この画面に到達できない。はてなブログの機能の半ばは欠けたままである。それよりなにより、果してこの入力が無事投稿できるかどうかもおぼつかない。不確定要素があまりに多い。