一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

立春、じゃね?



 暦の上では春とはいえ……なにを云うにもさよう切りだす日を迎えた。寝床にあって、つらつら考えた。そうだ、起きてカレーうどんを食おう。

 カレーうどん B の大盛である。A はもっとも手抜きの方式で、温めたカレーを茹であがったうどんにかける。カレーライスの白飯をうどんに換えただけのもの。B は日本蕎麦屋さんのカレーうどんに近いものだ。
 出汁をした湯で玉ねぎを煮る。いただきものの高級チルドカレーを温めておき、玉ねぎが煮えたらどろりと投じる。冷し〆ておいたうどんを投じて、もう一度熱くするといった手順である。
 いただきもののインド風チキンカレーはスパイスが利いた上級賞味者向けで、私には敷居が高い味だが、この方式によるカレーうどんには、まさにうってつけだ。

 なぜカレーうどんを思い立ったかと申せば、体温だか免疫力だかは知らぬが、とにかく体調を高揚させたいと願ったからだ。
 いく日か前の日記で、軽い鼻風邪が抜けずに困るとぼやいた。発熱も喉の腫れも、節ぶしの痛みもないが、目覚めているあいだじゅう鼻水が止まらなくて困ったなんぞと書いてある。いい気なもんで、花粉症体質のかたがたのご苦労はこんなもんじゃあるまい、なんぞとも書いてある。
 くしゃみが出始めた。風邪が抜けてゆく兆候である。やれやれと思った。ところがである。その後も鼻水は止まらず。くしゃみも続いたのである。はて?

 そこでわが思索に、コペルニクス的転回が訪れた。コレって、花粉症か?
 花粉症に悩むお若い友人と雑談のおり、私にはその体質がなくて助かったと云うと、嗤うように忠告された。
 「空のビーカーにポタリポタリと溜っていった溶液が、やがて満杯になって、表面張力でも支えきれなくなって、ス~ッと側面を伝うように溢れ始めて、花粉症が始まるんです。この齢まで大丈夫だったからって、油断は禁物です。齢じゃなく、ビーカー満杯が問題なんですから。お気をつけください」
 冗談だろう脅しに過ぎまいと、笑って聴いておいたのだったが、もしかすると……。

 検索しはじめ「家庭の医学」めいた知識を参照してみた。ご苦労なされるかたが世に多いとは承知しながらも、自分には無縁の世界とたかを括り、初歩的な知識すら持合せずにいたのだった。
 鼻水が止らない、と書いてある。くしゃみがひどい、と書いてある。眼にも来る、と書いてある。そういえば目蓋の裏にもむず痒いような違和感がある。暮しに支障をきたすほどでもないので、ディスプレー画面に向い過ぎだろうと勝手診断して、マツキヨからブルーライト疲労対応の目薬を買ってきて、差している。やはり急務は眼より鼻だ。


 とにかくこの一週間、ティッシュペイパーの消費量が凄まじい。デスク脇と、パソコン B 機(遊興専用機)脇と、台所と寝室とに置いたボックスティッシュが、眼に見えて減ってゆく。急場の対応用に、それぞれにスペアも常備しておかねばならない。
 鼻もかむし、小さく丸めて鼻栓にもする。うっかり油断していると、鼻栓が耐水量一杯になって、鼻栓の端からしたたってきたりもする。慌ててあたりを汚さぬように片方の掌を受皿にしながら鼻栓を抜き、鼻をかんで、新たな鼻栓を詰める。そんな面倒な軽作業を、このいく日かは続けてきた。

 後期高齢者の齢を迎えて、新たな経験世界である。それにつれて新たな観察眼も開かれる。散歩の途上で、白いゴミ袋を視かけたら、そのお宅には花粉症にお悩みのかたがいらっしゃる。
 これを書いている今、症状が軽い。一時間に一度、鼻をかむのみ。鼻栓もしてない。新たな怪しい仮説が設定される。カレーうどんは確かに、花粉症に効く?