階上の台所のガスレンジで、なにかが火を噴いた。
さかんに炎を挙げているものを火箸で挟んで、窓から放り出し、レンジの残り火を雑巾で叩いて消した。窓から覗くと、燃えているものは地上まで落下せず、一階の庇に留まってまだ炎を揺らめかせている。洗い桶に水道水を張って、窓から庇へとぶっかけた。ヒャーッと声がした。台所の真下にあたる地上の玄関脇で、ナニスンノォと母が頭に手をやって、こちらを視あげていた。
明けがた、眼醒める直前に観た夢である。両親が夢に登場することはめったにないから、珍しいことだ。燃えたものがなんだったか、なぜ火を噴いたんだったか、夢のなかでは承知していたようだった。眼醒めて、トイレで小用を足すうちに曖昧となり、やがて忘れてしまった。いたずらっ子を嗤うような、母のナニスンノォと云う口調だけが記憶に残った。怒ってはいないようだった。
天からの、なんらかの伝言または忠告だろうか。両親の月命日は六日と二十六日で、墓詣りはいずれかの日と決めてきた。いわば「六の日」が拙宅の縁日である。二日早いが、金剛院さまへ詣ってみることにした。
花長さんで花をあつらえ、山門をくぐったらまず庫裏へご挨拶に参上し、線香をいただく。墓石の裏に隠し置いた亀の子たわしで、墓石や線香立てを少し磨く。
お詣りが済んだら、いつものコースだ。向う三軒両隣のご墓所~歴代ご住職が肩を寄せる奥の院ご墓所~父母生前に懇意にしてくださったかたがたのご墓所~やがて私がお世話になるはずの無縁仏合祀塚の大観音さん~道案内の六地蔵さんほか。
墓地から出たら、まずご本堂に向い、次に大師堂で、いずれも光明真言。弘法さん立像を取巻く、いわゆるミニ四国石柱を巡礼する。
ミニ四国遍路道の伊予から讃岐へかかるころ、背後には「まんが地蔵」が立つ。いささか距離はあるものの、最寄り駅を同じうするあたりに漫画ファンの聖地「トキワ荘マンガミュージアム」がある。呼応しての町興し活動の一端だろう。私なんぞにとっては、はていつの間にといった新名所である。お地蔵さまの前には、アイキャッチ(失礼!)ご案内役のドラえもんが、右腕を差上げ、大きく口を開いている。ミニ四国に気を取られてばかりの私は、お詣りはおろか注意して拝観することすらなかった。
初めてじっくり拝観し、お詣りした。ほとんど前例なきことだったが、夢に母が登場したからだ。なにやら胸騒ぎめいたものがあった。
どうってことない気にするなと云ったか、注意せよと云ったか、なんとかなると云ったか、なんとでもなると云ったか、ドラえもんの声は聴きそびれた。