一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

秋の弘法さま


 「いつまで続く残暑と思っておりましたのに、いきなり秋深し、みたいになりました。夜更けともなりますと、年寄りは寒くっていけません」
 「いいえ、私も寒うございますよ」
 金剛院さまの若きご住職との、ご挨拶である。

 父の命日は十一月二十六日だが、来月下旬は用件が立込むもようだ。墓詣りの日程がずれる可能性もある。申しわけとして前月の月命日に、墓を観ておこうと思い立った。
 だったら早く床に就けばよいものを、いつもどおりの夜更かしだ。それならいっそのこともう数時間がんばって、朝一番に墓参すればよいものを、睡魔と疲労に抗えず早朝就寝。眼醒めたら午後二時だった。洗面と毎日の数値測定。外出ついでに片づけるべき用件を思い出しながら、牛乳を飲んで、二時二十分。よしっ、三時には墓詣りと決めた。

 郵便局へ寄って、ハガキを買う。いくつもの礼状やら返事やらがサボったままになっている。裏道を行こうと並木幼稚園の前を通りかかると、園長先生が往来の落葉掃きをしておられた。ご挨拶と、ひとしきり立ち噺。ケヤキの大木がいかに大量の葉を降らせるかとの話題で、互いの経験を披露しながら、老人ふたり盛上る。
 銀行ATM で残高確認と生活費の引きおろし。さて花長さんと金剛院さまへ。目論見どおり、午後三時の墓詣りとなる。

 午後は光線が異なる。時を逸した墓詣りは、むろんこれが初めてではない。墓石に写る花の影が好きだ。
 花長のお母さんは今日も、母が好きだった紫を入れてくださった。父好みの深紅も。となると、ただ一輪の白菊が俺か。なんぼなんでも、それはあつかましかろう。思わず笑ってしまい、周囲に眼がなかったかと改めた。

 両親が生前に親しくさせていただいたかたのご墓所と、歴代ご住職のご墓所にお礼。やがて私がお世話になるはずの無縁仏合祀観音に予約。六地蔵に軽く挨拶。旧い石仏群を集めた塚ふた山に合掌し、余った水を蓮池に返す。桶をお返ししたら、本堂と大師堂にて光明真言。ミニ四国巡礼の銅像前へ。お足元を飾る花はコスモスとなり、背景の色合いともども秋一色だ。

 八百屋にて人参を買う。玉ねぎとじゃが芋は在庫がある。低所得世帯援助として豊島区から支給された、下茹で済みカット野菜十パックは、すべて食べ了えた。この一か月間、野菜カレーもしくはビーフ抜きビーフシチューを切らせた日はなかった。毎回手順や配合を変えてきたが、まだ定見を得ない。もうしばらく野菜カレーか肉なしビーフシチューを作ろうという気になっている。
 サミットストア二階の洋品売場で、長袖シャツを二着仕入れる。今日は一階と地下での食品・雑貨に用はない。
 ダイソーへ移動して、使い捨て電子ライター三個組、強力粘着の大型付箋(分別ゴミ袋ステッカー用)、単三乾電池(目覚し時計と電子辞書とシェイバー用)、単四乾電池(オムロン血圧計用)、最小のブックエンド(撮影用)を仕入れる。
 階下のビッグエーに降りて、牛乳パック、缶珈琲、のど飴を補充する。玉子だの納豆だのウインナソーセージだのといった、わが暮しに重要不可欠な食品については、今日はすべて間に合っている。
 向いのセブンイレブンへ移動して、煙草を補充する。インド系だろうか西アジア系だろうか、やや肌色濃く目鼻立ちの彫り深いお嬢さんの店員が、なん人も働いている。どのお嬢さんも言葉少なだが、接客は丁寧だ。彼女らの眼に、なるべく解りやすい爺さんと見えるように、ほんの少し注意して振舞っている。

 拙宅墓地の前から眺めた神社の森。向うにご本堂の屋根。さてクイズです。なにを撮ったのでしょうか?
 塀一枚で仕切られたお隣同士。神仏習合時代は同一宗教施設だった名残。ブーッ、不正解です。
 偉そうな巨木だって、先端はハゲチョロケ。これが正解!