一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

堂々と

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 西部開拓史のテーマパークで奇跡が起る。撮影ポイントに置かれている、休息姿のカウボーイのブロンズ像が、突然動いたのだ。

 世界中で、PRANK(いたずらドッキリ!)動画が、連日ユーチューブに挙げられ続けている。映像が鮮明なもの、背景環境が整っているものなど、制作者の技術も進化してきている。
 しかし視聴者も仕掛けられた被害者も、ともに心から笑えるような、ユーモア・センスにおいて卓越したものとなると、やはり何人かのパイオニアたちの動画が眼を惹く。

 ブロンズ・カウボーイというアメリカの動画がある。風景も家並も、乗物から音楽まで、西部劇映画さながらにしつらえられたテーマパークらしき観光地のベンチで、若くハンサムなカウボーイの銅像が休息している。彼はベンチの端に片寄って腰掛け、さも隣が空いているよと、通りすがりの観光客を誘うかのようだ。
 「おい母さん、そこへ掛けなさい。一枚撮ってやろう」
 「そうねあなた、じゃあこっちのスマホでお願いするわ。まあハンサムなカウボーイさんだこと」
 ベンチでポーズをとる夫人の肩に、突然カウボーイの腕が回り、夫人を抱き寄せる。夫人は絶叫して飛びすさったり、その場に固まってしまったりする。ご亭主はシャッターを切ることも忘れて、大口を開けて呆気にとられる。一瞬の後、ご夫妻揃って腹を抱え、身動きもとれないほど大笑いする。

 パントマイマーの技術のひとつに、静止して見せるという芸があるが、その類だろうか。それに扮装が秀逸で、陽光を浴びたその色艶は、どこからどう視てもブロンズ製だ。
 テーマパークの題材上、若いお洒落なカップル客は少なく、中高年カップルや団体客、それに家族連れが主だ。都会型の裕福な紳士淑女がたというよりも、地方都市や農村にあって、半生を地道に働いてこられたのであろうなと想像させるような、いかにも人間性のよろしそうな観光客たちである。
 ブロンズ像がじつは生身の人間と判って、改めて嬉しそうに記念撮影に興じる。ブロンズ色の手にチップを握らせて、満足顔で去って行く。

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 いろいろおありでしたでしょう。愉しいことなんて、たんとはございませんものねぇ。こんな無邪気な馬鹿々々しいことで心臓が停まるほど驚くなんて、そして大笑いするなんて、いつぶりでしょうか。お子たちは、皆さん独立なさったようで、なによりです。
 奥さんの膝が、歩けぬほど痛くならぬうちに、ご主人が妄想やうわ言ばかり口にするようにならぬうちに、今日の行楽を迎えられて、本当によろしうございました。
 思いっきり絶叫なさい、かまいませんとも。いつまでゞもお笑いください、遠慮なんかご無用です。ひと目なんぞお気になさらず、芸人へのチップも堂々とお渡しくださってよろしいのです。