一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

気分だけ


 日記を遡ると、Nickxar のブッシュマンプランクに言及したのは、昨年の11月6日だったようだ。今でも、関心は失せず、しばしば覗いている。傑作については、なん度も観返している。

 世界には、ブッシュマンプランクのユーチューバーがおそらく千人以上あるのだろう。大成功して再生回数を稼いでいるチャンネルだけが、私ごときの眼にも触れるわけだ。五十チャンネル以上は観たが、その程度ではほんのひと握りに過ぎなかろう。
 露出の多いリゾート着姿の女性が、奇声を発して驚いたり笑い転げたりする光景がお望みであれば、南フランスやナイジェリアの富裕観光客ストリートで撮影されたチャンネルがある。マドリードの市街地で撮影されたものも開放的だ。イタリアとスペインのものは、概して開放的で、リアクションも明快だ。
 イギリスにも、社交界か歓楽街の近くだろうか、かなり勝負に出たいでたちの女性たちが繁く往来する坂道で撮影されたものがある。同じイギリスには、マンチェスターの市街地で撮影されている、まだ五十作あまりしか上げられてない新参ユーチューバーがあって、今後 Nickxar を追えるか注目される。フランス・ベルギー・ドイツ・オーストリア・ロシアそれぞれの街並や通行人の反応など、お国ぶりが垣間見える。

 むろんアメリカには、いくつものチャンネルがある。日本にも韓国にも、ブッシュマンはいる。
 異色なところでは、ガーナのブッシュマンがほかでは真似のできない映像を上げている。田舎町(多分に砂漠的)のバザールで撮影した諸作品は、風景といい人びとといい、これぞアフリカといった陽気な仕上りだ。
 そこまで観てきて、やはりユーモアのセンスとアイデアの豊富さににおいて抜群なのは、アイルランドにあってダブリン市街地(とほんの一部は公園)のみを舞台としてきた、Nickxar 動画だ。
 


  応用編にトラッシュマン・プランクがある。道端に黒ビニールのゴミ袋や、大小のレジ袋や、段ボールなどが、うづ高く積まれて小山をなしている。回収車の巡回を待ちかねている光景だ。アラッ、回収車まだなのね。通行人はかすかに違和感を覚えながらも、べつに珍しくもない光景なので、気にせず通り過ぎようとする。
 と、ゴミの山がズズッと動くのである。もしくは、うずくまっていたゴミの山が、ふいに立上るのである。通行人たちは虚を突かれ、あるいは突然の恐怖感から、奇声を発したり、その場に凍りついたりするが、一瞬後には事態を把握し、笑いが爆発する。
 こんな子供だましのちゃちな仕掛けに、なんでまた自分は大仰に反応してしまったものだろうと、おかしくてたまらなくなってしまう。

 ブッシュマン(植木男)とトラッシュマン(ゴミ男)に共通する属性としては、安っぽくくだらないものでなければならない。事態が判明した後、なんて馬鹿なことをするのかと、通行人から蔑まれたり侮られたりする空気をかもし出さねばならない。クラウン(道化)の第一条である。
 シテヤッタリ感が出てしまっては、鼻持ちならぬ。大失敗だ。どの国のだれのチャンネルとは申さぬが、この点を勘違いしたまゝ、たゞ通行人を驚かせるに腐心し続けてばかりいる動画もある。いや、多い。
 急激で大袈裟な動作や大声もご法度だ。ほんらい動くはずないものが、ツッと無言で動くから驚くのだ。一瞬後には笑えるのだ。これは日本製ホラーが得意とするところと聴いたが、さもあろう。
 笑いの種はどこにあるのか? 仕掛けられた者の頭のなかにあるのだ。もともとあって眠っているのだ。仕掛ける者の技は、それを巧みに引出すに過ぎない。


 ハロウィン期間限定アイデアという、いくつかの出色動画がある。ダブリン市街を濃い化粧や仮装をした若者が闊歩し、オープンパブで老若男女が談笑し、街中に陽気な空気が充満しているとき、妖怪じみた異様な風体のものが足音もなく背後に近づき、ふいに顔を覗かせる。
 人は必ず驚く。が、あまりのくだらなさに、一瞬後には大爆笑する。妖怪じみた扮装のほかに、腹話術人形を使った作品や、竹馬義足を装着して身長三メートル越えの痩せ細った巨人と化す作品など、バカバカしいアイデアが次つぎに繰出される。

 演者とカメラマンの二人組らしいが、演者は解説者をも兼ねてつねに顔出ししているものの、登場しない原則のカメラマンが顔出しした作品もわずかにあって、レア映像である。揃いも揃ってハンサム青年だ。千本以上の動画が上っているが、わたしはまだ三百そこそこしか観てはいなかろう。

 一部のダブリン市民のあいだでは、彼らは知られた存在らしい。市民にとっては、当然ながらカメラマンのほうが顔を知られている。カメラマンに向っての、通行人たちの傑作台詞も数々ある。
「チキショー、またヤラれた。俺二度目だぜー」
「あなたがいるってことは、またなにかあるのね?」
「このゴミもしや、前に向うで植木やってた奴かい?」
「ワァ、ついに引っ掛かったぁ、会いたかったのよォ」
「もォー、今度やったらヒドイからねっ」
 ハグを求めてくる通行人もあれば、記念撮影をして帰る通行人もある。
「知ってたはずだったのにィ」
 巡回中の婦人巡査の足を停めてしまったときには、扮装の被り物を脱いでお詫びした。

 初期 Nickxar にはシェイカー・プランクという大傑作のシリーズがあった。この場に紹介がはばかられるほどの傑作だ。他愛ない仕掛けによって、通行人の卑猥な妄想があぶり出される動画である。笑いの種は、仕掛けられた者の頭のなかにあるとのカラクリが、これほど明瞭になるアイデアもなかったが、やはり差障りあったか、近年は実施されていない。

 良質のプランク動画は制作者だけではできない。引っかゝって爆笑するダブリンの市民たちが、老若男女いずれもチャーミングである。テキサスの、フランクフルトの、マドリードの被害者がたよりも、悪ふざけへの対処のしかたが上品である。
 一篇八分から十五分ほどの動画に、百人ではとうてい収まらない数の通行人が映っている。私はすでに、何万人の顔を見せてもらったことだろうか。ダブリン市街を歩いている女性たちを、みんな知っているような気分だ。