一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

来訪者


  どうです。かっこいいでしょう? 残念ながら、私のじゃないんです。

 筋向うのマンションが、ちょっとした国際環境だ。台湾人、韓国人、ヴェトナム人の入居者があり、そこへ新たに独り住いのフランス人が入居した。日本人もいる。息子家族と離れて年金生活を送るご年配男性と、ここにマンションが建つ以前からご近所に住んでおられた、やはりご高齢の女性が一人。
 公平負担が原則である管理費の徴収や保管をめぐって、またゴミの分別仕分けや出しかたについて、生活騒音や習慣こもごも現代風日本風にしなければならないのだから、なかなか大変だ。さしたる悪気がなくとも、ちっぽけな日常的行違いは次つぎ発生するようだ。しかも差配(管理人)というものを置かず、オーナーは遠方に住んでいるから、責任者不在の宙ぶらりん状態だ。いきおい治外法権的というか乱世的というか、やったもん勝ちの様相を呈してしまう。
 オーナーはマンション建設以前にこの地にあった日本家屋に住んでいた人で、兄が若死にしたために弟が、親から土地を相続した。ここにマンションを建てて、自分はさっさと埼玉県へ引越していってしまった。万事業者と弁護士任せで、当地に現れることはないという。むろん私も、マンションが建って以来、顔も姿もお視かけしない。小学生時分は草野球の仲間だったりしたものだったが。

 ふいのご来訪を受けた。日ごろちょくちょく立ち噺に耽り、ご近所の動向などを耳に入れてくださる粉川さんのお婆ちゃんだ。背後に身を隠すように、明るい髪色のご婦人が立っている。新入居のフランス人だという。職場までバイク通勤しているのだが、バイク置場に困っているという。拙宅前にちょいとしたスペースがあるが、車は所持していないから空いている。使わせてもらえないだろうかという。ご近所のご縁というもの。もちろん承諾した。

 マンション前にも、少々のスペースはあり、自転車がなん台も置かれてあったり、共用ゴミ出し場だったりしている。が、この場所の使いかたや管理方法について、誰かれの不満が絶えないのは知っている。つまり掃除片づけのマナーや費用負担について、陰口が複数方向から聞えてきている。マナー意識の高低もあるが、国民習慣の相違に由来する問題もある。総じて申せば、日本人が舐められている実状だ。
 おそらく粉川さんは、このフランス人に同情しておられるのだろう。アジア人同士のごたごたに巻込まれるのを気の毒と思われたに違いない。咄嗟に推察できた。だから二つ返事で承諾した。

 この十年で、ご近所に外国人居住者が増えた。池袋というターミナル駅がある関係か、豊島区には以前から外国人居住者の比率は高かった。が、池袋を頂点として大塚・巣鴨寄り、すなわち板橋区や北区に近い方面が、より顕著だった。当方すなわち新宿区・中野区・練馬区寄りの方面は、さほどでもなかった。それが近年、急速に追いついてきつつある。
 ご近所に外国人が増えることを、歓迎もしないが嫌う気もない。面白そうだとも思い、ちょいと面倒だなあと思うこともある。どうにも話の通じない日本人がやって来たところで、同じことだろう。

 さていよいよバイクがやって来た。場所は自由に気兼ねなくお使いください、ただし保管防犯については責任を負いかねますので、万事自己責任でお願いしますとの条件だ。
 だが実際にやって来たのは、素人眼に観ても、思いのほか良いバイクだった。はて、大丈夫だろうか。この二十年来、空き巣強盗の類も放火事件も耳にしない。年寄りや独り住いターゲットの詐欺事件こそ頻発するようにはなったが、まずまず治安のよろしい町の部類ではあろう。が、酔余の悪ノリや出来心の悪戯が皆無とはいえない。

 台所をしていて、湯が沸くまでの束の間に、あるいはパソコンに向って文章が一段落した区切りに、なにげなくふと窓を開けて駐車スペースを眺める癖が、つきつつある。