一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

世が世であれば

 違う場所で出逢っていれば、むしろ愛しさすら覚える連中だ。

 往来に面した駐車スペースやブロック塀との境界上に、雑草が増えた。丈のあるのがネコジャラシエノコログサ)、地を這うように根かたを埋めるのがごくごく小型の三つ葉類だ。春の草むしりでいったんさっぱりさせたあと、この梅雨期間に急速に所場を占めたものたちで、姿にも性質にも、どちらかと申せば好感を抱いている連中である。
 老朽化と地盤沈下のために、石材とコンクリートのつなぎ目や、コンクリート同士の段差の折れ曲りなどに、情ない亀裂がいく条も走っている。かすかに土が顔を覗かせる場所がある。砂埃が吹きだまって泥化しかかった場所もある。ごくわずかの土(のようなもの)にも根付く能力を備えた連中が、抜け目なくやって来るわけだ。

 隣接する空地は明るい緑色の金網塀で囲われていて、「道路建設予定地につき立入禁止」の立札が立っている。金網の道路に面した境目にも、石材とアスファルトのつなぎ目に大いなる亀裂があって、一週間ほど前まではネコジャラシなんてもんじゃなく、もっと丈高く頑丈そうな連中が、逞しい姿を見せていた。視た眼の繁茂状態としては、拙宅の十倍はあったろう。
 ある日、私が気づかぬあいだに、きれいさっぱりとなっていた。空地を管理する道路保全公社のお手配だろうか。それとも心あるご近所のどなたかが、観かねてなさってくださったものか。
 以前であればお向うの粉川さんのお婆ちゃんが、いち早くお手を着けられたことだろう。が、めっきりお齢を召された。私よりだいぶ姉さんでいらっしゃる。ことに長年の相棒だった愛犬を見送られてからは、お姿を視かける機会が格段に減った。買物に散歩にと、なるべく出歩くよう心掛けておいでと伺ったが、それでもお視かけの回数は減った。愛犬を伴わずに独りで歩く粉川さんのお姿には、見当はずれな感傷とは承知しつつも、なにやら感じ入るものがある。
 空地金網の正面すなわち拙宅から筋向うの音澤さんのご主人は、ご近所の雑草に手出しなさるかたではない。昔からだ。というより子ども時分のソフトボール時代から、さような性格だ。だいいち音澤さんも、道路拡幅事業にともなう用地提供に向けて、かなり巨木化した庭木を伐採したり、お宅を建て替えたりの大工事を控えておいでだ。頃合を視計らっておられたのだろうが、いよいよ今年は着手なさるという。往来を挟んだ金網ぎわの雑草なんぞに、眼を配っているご心境ではあるまい。

 ともあれ梅雨の合間のちょいの間作業だ。敷地内には手着かずの、大敵難敵箇所も残っているが、またの日に延ばす。今朝抜いた草は干草山の頂上に積み足し、ついでの作業として、山の麓から枯れ果てた分をふた抱えほど抜き出して、頃合の穴を掘って埋め戻した。〆て四十分ほどの作業で、今日は上った。
 シダ類やドクダミといった強敵ライバルがやって来ない隙間を視つけて、ようやく芽を吹いた連中だ。原っぱで出逢えば、憎くもない相手である。

 会社員としては零細ばかりを伝い歩いた恰好の私も、想えばかすかな隙間を探して、かりそめの根っこを生やしかけては、引っこ抜かれてばかりいた。書籍編集者としては、まだ大手版元からお呼びがかからぬ若手の著者がたから、感謝されもした。第一著作集の担当編集者というわけだ。
 ご満足気げな笑顔のふとした一瞬に、俺は本来お前なんかと付合う著者ではないのだという自負だか矜持だかが仄見える著者も多かった。果せるかな、後年名を挙げられたのちに学会会場などでお姿をお見かけして、ご挨拶申しあげようと声をお掛けしようものなら、「あ、君も来てたの」との反応が普通だった。
 「僕ねえ、悪いけど君んとこからは、出せないなあ」
 そんなこと云っちゃあいねえだろうが。世俗人気で有卦に入る著者のものを手掛ける気なんぞ、これっぱかりもないわいっ。
 「もちろん承知しておりますとも。眩しいばかりのご活躍を、遠くから眺めております……」

 かと思えば、かような台詞に接したこともある。
 「あの頃はお世話になったねえ。主要原稿は予定が立っちゃってるんだけど、雑誌に出したまんまになってる小物の寄せ集めなんかでも、御社のお役に立つかしらん。一度考えてみてよ」
 さような著者とは、たとえ年賀状だけのお付合いになっても、末永く交際させていただいた。ほとんどのかたとは、永のお別れになってしまったけれども。