一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

正午散歩



 ウバメガシ。幹線道路「要町通り」の街路樹でございます。

 起床が遅れて、陽が高くなってしまいました。それでもかろうじて午前のうちと高を括って、運動靴を履いて拙宅を出ましたのが、十一時半でございました。
 ところが、当然ながら陽は中天にあり、往来の右寄りにも左寄りにも日陰はなく、歩き始めてほどなく、後悔をいたしました。

 
 かつてこの界隈には、躰を斜めにして横這いに歩かねばならぬような路地が、いくらでもありました。それでもすれ違うご近所さんとは、親しくご挨拶を交したものでした。
 南側を板で塞いで、北に大きく窓を開いた、変形三角屋根の木造家屋なども目立ちました。今では「アトリエ村の跡」などと称ばれております。広くは「池袋モンパルナス」と称ばれる、かつての芸術家居住地域の辺境にあたるのでございましょうか。美術史にご興味おありの好事家が、たまに訪れる地域でございます。


 季節ともなりますと、全面がツタの葉に覆われるお宅がございます。どういうかたがお住いかぞんじませんが、好きなお宅でございます。ですが今日、立ち停まって注意深く眺めますと、人の気配も暮しの気配もありません。引越しなさって空家となってしまったのでしょうか。
 お隣も古くからの木造家屋でしたが、今年に入ってから取壊され、今は更地となっております。やがて両敷地が連結されて、巨きな四角いビルが建つのでございましょうか。

 
 粟島神社にお詣りいたします。例のごとく、最少額のお賽銭を箱に投じまして。
 池では、亀たちが島に上って甲羅干しをしております。どちらの神社の池でも観る光景ですが、亀というもんはどういうわけで、仲間の背中に登ろうとするのでしょうか。
 小魚たちもいるのでしょうが、真上からの直射日光がこう強烈では、姿を見せてはくれません。
 あっ、別の島にたった一匹で甲羅干ししていたヤツが、飛込みました。


 拙宅最寄りの区民事務所が、綺麗に立派になりました。長年にわたり、プレハブをやや高級にしたような軽装建築物でしたが、区政の長期構想のひとつが実現したのでしょう。老人問題の相談窓口などもあるようです。
 拙宅に北接する、今は児童公園となっている敷地内に、区役所の「第六出張所」という出先事務所があった時代を知る私の眼からは、ずいぶん立派な施設になったと、驚かざるをえません。今の場所は千川駅の近くで、拙宅からはだいぶ遠くなりましたが、荒天でさえなければ、散歩がてら歩けぬ距離ではありません。
 それにしても、「区役所の出張所」という呼称はいつ廃止されたのでしょうか。記憶にありません。私が世の中の動きに鈍感なのは、今に始まったことではありませんが。

 新築成った区民事務所にて、都知事選の期日前投票を済ませました。
 急速に暑さが増してきているようで、拙宅まで帰りつけるものかどうかと、一瞬不吉な空想が湧きました。せいぜい気をつけて歩こうと思います。十二時半には、帰宅できましょう。
 ウバメガシはじっくり成長する樹で、急速に幹が太くなったりはいたしません。その代り組織は密で、幹は堅く締っております。さればこそ備長炭の材料となります。備長炭同士を拍子木のように打ち当てますと、金属の棒を打ち当てたような音がいたします。