一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

穏やかですな



 広島での原爆被災による死者の名簿は、年々書き加えられてきている。今年も新たに3,035人のお名を書き足す作業が、八月六日の記念式典に間に合うように、今日始まったという。この一年にまでご長命であられたかたも、症状や後遺症に悩まれたご生涯だったろうか。さいわいにして症状が軽かったかたでも、いつ発症するか重症化するかと、つねに不安を抱えるご生涯だったろうか。
 記帳担当者がたも高齢化が進み、自身被爆者であるかたは二名のみだという。あらたに十四人の記帳担当者を追加したという。

 核廃絶への祈願にも、平和への祈りにも、嘘があるはずはない。けれども広島には、あまりに複雑な多くのことがあったのを、そして今もあり続けていることを、聴かされている。昂じて、被爆者自身が被爆者手帳をみずから返納するという、悲しいジレンマが一部に生じてしまってきたとも、聴かされている。
 今年も全国から広島へ向けて、多くの「平和運動家」や「市民」がたが、行進に出発なさるのだろう。


 今日六月四日は、北京天安門事件から満三十七年めの日だ。あの日、テレビに映し出された現地映像は、本当に実写かと眼を疑うような悲惨な現場だった。独りで戦車の行く手をさえぎって立っていた、ワイシャツ姿のあの学生は、その後どうなったのだろうか。
 中華人民共和国政府は、犠牲者数を公式発表してはいるが、どう視たってそんな規模で治まってはいまいことは、素人眼にも瞭らかだった。
 今では事件そのものを、不用意に口にすることさえ憚られるお国だという。それでも実態と真相との究明を求め、責任者を明らかにせよとの意見は、細ぼそながらあるらしい。当局はこれまで無視をきめこみ、とり合ってこなかったものが、今年は警察が介入して禁止に動いたという。初めてのことだそうだ。

 祖国の民主化が実現するまでは帰国しないと決心して、国を出た若者たちは数えきれなかったという。新宿の酒場でも中華料理店でも、私はそうおっしゃる人たちに出逢った。なかのお一人は、今も深夜の中華食堂のママさんである。


 日ごろご無沙汰続きの知友に向けて、お詫びとご挨拶とを兼ねて、当日記のセレクト冊子『蟻の周辺』をお届けする作業を継続中だ。ぶしつけをも顧みぬ送りつけにもかかわらず、受取状やらお励ましのお葉書やご書面をくださるかたもある。電話やメールをくださるかたもある。恐縮する。
 穏やかな老後で、お幸せですねと云われる。「天下国家をけっして語らず」がモットーだから、さよう感じていただけるのは本望だ。
 また、お若い友人がたに囲まれて、羨ましいとも云われる。家族がないから、敬老精神に満ちた若者たちにすがって、せめてもの話し相手になってもらっているだけなのだが、はたからさように見えるのはもっともだ。

 今日は台所を少し手抜きする。ローソン100ショップまで出たついでに、「ひじきご飯弁当」298円(税込み322円)を買った。
 スーパーでもコンビニでも、弁当を買う機会はめったにない。自炊する手立てがあるのに、弁当を買うのはもってのほかと思っている。しかしこの「ひじきご飯弁当」だけは、妙に気に入っている。サミットストアの、出来たて豪華弁当よりも気に入っている。