2025-09-01から1ヶ月間の記事一覧
四世紀後半の古墳から出土した銅鏡は、紀元前後に中国大陸のどこかで造られたものと判明した。 電車を待つあいだ、プラットホームの壁に掲げられた新聞社の掲示板を眺めることにしている。眼を惹く写真に数行の説明が付された視覚記事が、毎回四項目づつ掲示…
魚は大名の子に焼かせろ、餅は乞食の子に焼かせろ。 昔の人から伝えられた言葉だ。魚というものは、けっして今か今かと持ち上げたり引っくり返したりせずに、慌てず騒がず鷹揚に、片面づつじっくり焼くといい。餅というものは、片寄ったり焦げ目がついたりせ…
久びさに舞茸ご飯。といっても、保存のきくレトルト食品という強い味方があってのことだ。 郷里から従兄ご夫妻が上京した。母校同窓会の催しに参加する目的だ。半世紀前のキャンパス・カップルが、揃ってご出席ということだ。ただし専攻科が異なったお二人は…
白山神社。 練馬駅構内のモスバーガーは再開されたのだろうか。夏のあいだ、散歩の途中休憩地点として、いく度も涼ませてもらった。味も接客システムも気に入って、涼みながらの気軽な読書席として便利に活用させてもらった。ところが八月下旬のこと、いく枚…
草山の場所を確保することから始まる。 玄関から門扉までの草をむしってから十日ほどが経った。積みあげた草山はすっかり枯れて、なだらかな丘ていどに圧縮されている。まずはこれを他処の枯草山に重ねて合体させた。 起床前の寝床で考えた。彼岸花周囲の草…
ゲゲッ、咲いちったよ。まじ、ヤバくね? 金剛院さまへ彼岸詣りに伺ったさいに、ご境内のあちこちに咲く彼岸花を眼にして、そうだそういう季節だと、迂闊にも心急かれる思いに襲われたのだった。拙宅の花たちの足もとというか周辺の、草むしりが済んでいない…
苦もなく火の前にいられる気温になった。 夜更けてから、日に一食のチャント飯をゆっくり摂った。最近の傾向、というより身についてしまった悪癖というべきか、食後の満腹感に浸っていると、眠気が差してくる。これも老化現象のひとつだろう。血液が胃袋周辺…
手放す気になれぬものを手放すからこそ、片づけだ。自分をそう励ますことにする。 「断捨離」の語がいつごろから流布したものか、知らなかった。気づいたら、周囲で交される語となっていた。いかにも禅臭ふんぷんたる語だから、いずれは仏典のどこかにあった…
江戸十五代将軍徳川慶喜の墓所に詣でた。なん十年ぶりだろうか。つい眼と鼻の先までは、毎年足を運んできたのに。ということはこのペースだと、これが生涯最後の機会となるかもしれない。寛永寺の寺領域だ。 石塀と鉄柵と格子扉とに囲われて、墓石塚には近づ…
コスモス路を往く弘法さん。たしか昨年も、この道を往かれましたね。一年が経ちました。 昨日やり残した彼岸詣り。暑くもなく、雨にもたたられぬ、絶好の日和に恵まれた。しかも日曜日だ。 花長さんでは、娘さんが客をとり捌いておられた。奥に腰かける、白…
秋彼岸である。 お世話になった。頂戴ものをした。ご恩を受けた。加えて金剛院さまへは、彼岸の挨拶に伺わねばならない。ささやかな使いもの手配が、溜ってしまった。まず銀行 ATM にて資金調達。そして池袋へ出る。 菓子屋の店頭で、品選びのほかに包装紙の…
前回作ったのがいつだったか、記憶にない。わが調味料棚に豆板醤があったということは、ずいぶん前だ。今よりも遥かに志が高く、挑戦意欲が盛んだったころだ。出来映えが思うようでなく、やはり麻婆豆腐は外食に限ると思い知るに了ったのだった。 年月を経て…
この季節がやって来た。なによりのいただきものである。 従兄から、新米が届いた。米処のさらにその中心から、初荷さながらの幟をはためかせて荷物がやって来たような光景だ。とくに今年は米に関して、日本人として情けない報道を眼にせざるをえなかった年だ…
草木虫魚ばかりは秋の便りを寄せてまいりますものの、陽気のほうはいっこうに過しやすくなる気配もなく、記録破りの残暑が続いております。統計をとり始めてから初の、という形容をこれほど数多く耳にした夏も、かつてございませんでした。初めは驚いたり感…
起きてみると、表から騒がしい機械音が聞えてくる。はて、ご近所の解体工事はあらかた済んでしまったはずだが……。陽はだいぶ高くなっている。 出てみると、往来に沿った西方、駐車場のさらに向うのお宅の道路ぎわで、生い繁った雑草を刈り払っている作業員さ…
坪内逍遥先生、小野梓先生、曾孫弟子にあたる者にございますが、学恩に報ゆることなく、学統に連なることすらもなく、面目次第もございませぬ。 昨日の気張りが祟ったか、眼が醒めると足腰に筋肉痛がある。「筋肉痛は練習で直せ」はスポーツプレイヤーだった…
涼しい午前中だった。始めるのは今日しかない。 猛暑・残暑にかまけて日延べを繰返してきた草むしりだ。あちこちで無残な状態となっている。 手始めは、玄関から門扉までの飛石通路の左右両側だ。ほんの数メートルではあるが、訪れてくださるかたのお足もと…
祭礼の二日目である。頃合いの陽気だ。ということは神社境内はもちろん、駅周辺の街路は大混雑をきたしているにちがいない。老人が歩けばご迷惑だろう。それ以前に、歩けやしまい。近所のメインストリートを行列して、神社方向へと宮入りしてゆく神輿を眺め…
ビックカメラ池袋店本館にて、買物をする。じつに久しぶりだ。 照明器具の売場は最上階ともいえる八階だ。エスカレーターで登ってゆくと、パソコン関連、カメラ関連、白物家電と、私にとって不案内フロアから少しは知っている商品が並ぶフロアへと、しだいに…
今年もこの季節になった。九月第二週末は当地神社の祭礼だ。今日は前日の仕込みである。 まず境内の露天商がたのテントが張られ、大道具類が入ってくる。駅前から近隣商店街には、まだなんの変化もない。境内露店のための大型ワゴントラックが、入替り立代り…
自由気ままに、柔軟に、日々つねに考え続けるということ。そんなことができるものだろうか。 とくだん心酔したでも愛読したでもなく、影響を受けた憶えもないのに、串田孫一の著作がいく冊か手もとにある。なにかしら気に入っていたのだろう。フランス哲学者…
睡眠時間と匹敵する時間を、台所で過した。南北の窓の風通しが、頼りになる陽気となったから、こんなこともできた。 七時、明るさも涼しさも、作業向きだ。草むしりを始めるに最適だ。しかし眠い。就寝予定時刻はとうに過ぎている。迷った。疲労感と眠気の誘…
ついに買いました。なにをって、米ですよ米。 半裸姿でパソコンに向っておりますと、窓の外から覗きこんでくる男があります。 「おーゥ」 若き友人の一人です。教員暮し最後の年に、慣れぬリモート授業なんぞを強いられまして、きわめて不本意な関係のまま送…
昨夜は皆既月蝕の夜だったらしい。知らなかった。観られる暮しだったのに、惜しいことをした。 早朝から起き出せれば、手を着けたい作業が溜っている。熟睡していた。午前中に起き出せれば、池袋まで出かけてビックカメラかドン・キホーテかで済ませたい買物…
田川建三の著作がよく理解できたことなど一度もない。にもかかわらずその著作からは、ある種の爽快感を得てきた。 新約聖書福音書とは、イエスという名の一人の男の生前の言動が、直接耳目にする機会のあった複数の人々の筆によって、回想記述されたものだ。…
ご来訪のお若い友人からのお土産に、老舗名店の夏菓子を頂戴した。むろん私ごときにとっては初めていただく菓子だ。遠い過去に口にしたかもしれぬが、記憶にはない。 ありふれた駄菓子ばかりを話題にしている私に、たまにはこんなものでもと、思いやってくだ…
自分に見切りをつける必要を、しきりに感じる。 戦後文学という文学史事象を考えれば、登場の経緯といい思想的脈絡といい、まずもって野間宏・椎名麟三に指を屈するしかないのは今もって変るまい。が、昭和文学さらには日本近代文学という枠組みのなかで、文…
秋キターッ! 眼醒めた瞬間の、体感第一声だ。 体重測定と水分補給もそこそこに、上り框で足づくりと道具揃えにかかる。今日こそはと玄関外へ出ると、表を通る人が雨傘を携帯している。そう云えば、昨夜の気象予報が云ってた。九州近くで低気圧が台風に変っ…
ひばりヶ丘からの帰路、神社脇のゆるい坂道をゆく途中で、あまりの静寂に胸を衝かれ、しばし立ち停まった。 蝉の鳴かない夏だった。猛暑期となっても、鳴き始めなかった。旧盆を迎えるころ、ようやく鳴き始めた。例年とは比較にならぬ音量だった。蝉時雨だの…
ひばりヶ丘駅北口前は、十年かけてすっかり様変りした。駅は明るい。ロータリーは広い。空は広い。眼を惹く高層ビル群もある。 およそ十年ぶりに訪れる私には、今のどこがもとのどこに当るのか、見当もつかない。線路に沿った細い路地に面して、かつては居酒…