
起床したらまず、シャワーを浴びる。この季節になってからというもの、寝汗がひどい。その代り、就寝中に尿意で眼醒める回数は減った。血中水分は腎臓や膀胱の出番前に、躰全体の血管から汗用に漉し採られてしまうのだろうか。とにかく眼醒めると、夏用パジャマの上半身が、水洗いしたかと思えるほどに重くなっている。
まだ気化熱の放散がやまぬ楽な躰で、信用金庫まで250歩。土曜日につき窓口業務はシャッターに閉ざされているが、ATM は動いている。年金と過日振込み連絡のあったギャラとを通帳記入する。
帰宅路に200歩を加えると、夾竹桃のあるお宅の前まで行ける。直射日光をはね返し、敢然と猛暑に立ち向っている姿を見せているのは、わがご近所にあっては、この夾竹桃ひと株のみだ。計650歩を使って帰宅すると。もう暑くてかなわない。
食欲がない。ついつい軽く済ませたくなる。かくてはならじ。老人にとっては、食欲減退は命取りだ。勇を鼓して、炊事にかかる。
ありがたいことに、摂取食材のバランスを保つに格好な頂戴物が山とある。今日は牛肉とゴボウの佃煮少々と、鯉のやわらか煮少々とを添える。あとは常用食材を並べるだけだ。若布たっぷりの味噌汁は、かような天候下では必須だ。白飯は一昨日炊いて、小分け握りを冷凍庫に詰めたばかりだ。解凍して擂り胡麻と青さ粉とを振りかけ、食欲促進のためにレトルトハヤシの応援を仰ぐ。これを時間をかけてゆっくり食べれば、日に一食のチャント飯となる。
ようやく完食。満腹だ。食後に牛乳と麦茶とを飲む。
早くも本日二回目のシャワー。躰が生き返る。
若き小説家志望者の原稿が届いていたのに、当方の体調・気分により拝見を日延べしてきていた。プリントアウトし、その他必要なものを鞄に詰めて家を出る。どこかで冷房を味わわせてもらいながら、読み始めるつもりだ。
背中と腰の痛みは峠を越えたものか、ステッキを突きさえすれば、苦もなく歩ける。その代り三日前から鼻風邪がひどい。鼻をかんで二日を過したが、昨日からひどく咳きこみ、痰が絡む。紙に取ってみると、不吉な色味の痰だ。気管支あたりに炎症を生じたらしい。老人性肺炎が重篤化してなんぞという、縁起でもないニュースを思い出さぬでもない。
人間の躰というものは、目下の最大急務に照準を合わせて反応する。二の次の課題については、自覚症状が一時的に軽減する。つまり気管支がひどくやられているあいだは、腰も背中もあまり痛まないかもしれない。
若者の小説はなかなかの作品らしい。滑り出しは快調だ。参考になりそうな過去の作家の作品を思いついたものの、残念なるかな、その作家の著作は先年、すべて古書肆に出してしまった。高く評価しながらも、自分にはもはや再読の機会は訪れまいと、判断してしまったのだ。手もとにあれば、若き作者に差上げたものを。
ほかに改めて考えたいこともあって、読むのは中途にして、冷房店を出た。目論見より早い時刻だった。外はまだ、うんざりする暑気だ。
川口青果店にて、茄子と玉ねぎとを買う。人参とじゃが芋の在庫が少々あり、いただきものの珍しい野菜もある。そろそろ自前の惣菜を仕立てるべきだと、自分を奮い立たせたき気分だ。
ビッグエーにて、アタックの詰替え用袋を買う。洗濯も相当に切迫状態を迎えているのだ。牛乳と6Pチーズとレトルトカレー・ハヤシ類とを補充する。
鞄を肩に、トートバッグを手に提げて、ステッキ片手に歩いたところで、家までの歩数にたいした変化はない。が、時間は倍近くかかる。犬猫病院のガラス扉に映った老人の姿は、前かがみに背中を丸めた、ひどく見すぼらしいものだった。ようやく家に辿り着いて、本日三度目のシャワーを浴びる。

完全に陽が落ちたとはいっても、わが台所は34℃.もある。さいわいにして台所の南側と洗面所の北側の窓を開けておけば、風はかよってくれるけれども。
食欲は湧いてこない。このまま水分だけを口にして一日の残りを過すことすらできそうだ。が、気分がさようであっても、欠食が躰によろしいはずがない。
落語に描かれる江戸町人ではないが、ツツーッと蕎麦の一枚でも、たぐっておくかい? といったところでお茶を濁す。水100cc.に出汁と酒と砂糖少々とで煮立たせ、最後に醤油で調整する我流蕎麦つゆは、一定の味になったことなど一度もないが、今日はまあまあの出来だった。