一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

健康?

 いわゆる、なんと申しましょうか、深夜のありあわせ。

 だいぶ以前だが、写真家の高梨豊さんや、現代美術の赤瀬川原平さん、秋山祐徳太子さんらが「ライカ同盟」を名乗られて、機知に富んだ独自視点による写真活動をなさっておられた。
 主要な主題のひとつに、路上観察があった。染みの浮出た壁だろうが、絡みつかんばかりに錯綜した古い電線だろうが、マンホールのフタだろうが、街歩きの途上でふと心に染みた光景または物を、ご自慢のライカでフィルムに収める。それを相互批評されたり、短いエッセーを付して誌上発表されたり、写真展を開催なさったりもした。

 ある友人の SNS に、東京都内の町並風景が連日投稿される。名所旧跡巡りではなく、彼なりの切取り視点が独特で、愉しませてもらっている。かつての「ライカ同盟」の先輩がたの場合と同じく、われら凡人なら視過して通り過ぎるにちがいない風景を、彼の眼によって再発見させてもらっているわけである。

 彼は散歩を仕事のひとつと、それも重要なひとつと考えて日々過しているらしい。そう考えるにいたった経緯には、どうやら健康管理問題が関係しているらしい。こういう形式の、日記体裁の投稿が混じる。
 〇月〇日、血圧○○、中性脂肪○○、体重○○kg(〇〇g負け)、本日○○歩――。
 自分の体調データをつね日ごろ把握しておくことは大切だ。私もさよう努めている。「本日○○歩」の習慣は私にはないが、歩くことを健康管理の柱と考える人であれば、想像できなくはない。

 眼を惹くのは「○○g負け」である。目安もしくは目標とする適正体重があって、それに達しているかいないか、ということなのだろう。肥満を懸念する人であれば減量を、大病後の恢復を念じる人であれば増量を期しての、目標なのだろう。
 意図は伝わるが、その「負け、勝ち」という表記方法が面白い。自身を叱咤する彼の気構えも窺えるし、ユーモアを愛してやまぬ人柄も伝わってくる。

 べつの友人だが、これも日記事項を SNS へ投稿した末尾に、「明日は人と逢ってどうしても飲むことになるから、今日は我慢して〇勝〇敗」などと記されている。朔日であれば一勝零敗か、零勝一敗である。月末であれば十勝二十敗とかになる。
 すなわち、禁酒の日を勝ち、飲酒の日を負けと設定して、月末〆でもう何年にもわたって、星取勘定しているわけである。
 これもねぇ。気持ちは痛いほど伝わってくるが、私ならぜったいに採らぬ方式だ。

 酒を飲みたいと欲する日が、めっきり減った。というより、ほとんどなくなった。休肝日を設けねば危ないと忠告されるのが常だった、わが壮年期・中年期をご存じのむきからは、信じがたき光景と思われよう。
 「ま、一生涯分はもう飲んだよ」と応えることにしている。
 飲みたい気持が皆無となったわけではない。酒が嫌いになったわけでもない。なにがしかの想いが生じて、「飲みてえなぁ」と感じる夜もある。さような想いに捉われる機会が、どうやらほとんどなくなった、ということのようだ。

 酒飲みの風上にも置けぬ申しようだが、またかつての大酒飲みが申してはいかにもバチ当りだが、現在では健康維持的欲求から盃を手にする場合が多くなった。
 齢甲斐もなくムキに根を詰めることでもあって、脳が興奮状態にあるときなど、このまゝ就寝しても安眠できまいと思われて、飲むことがある。
 また晩秋からつい先だってまでは、エアコンを使わぬ拙宅内はがいして寒いので、
 「ウ~、寒いっ、一杯飲んで寝ちまおう」
 という一日の了えかたが、けっこうあった。これも体調を平静に戻すための処方であって、いわば健康維持用法としての酒である。

 健康維持用法であるから、量は不必要だ。ビールなら三五〇ミリひと缶で足りる。酒なら一号四勺入る愛用徳利一本で十分である。かつての私は、この程度を飲酒とは称ばなかった。が今は、こんな程度を、ゆっくり味わえば、他愛なき一日が終る。
 そんないじましき酒飲みにふさわしい、じつに些末な悩みが、昨日生じた。

 スーパーの値引きで贖える安酒のうちでは、燗酒はこれかなと、年月をかけて銘柄を絞り込んできている。冷蔵庫で冷して飲むのであれば、銘柄は異なるのだ。
 所によっては夏日が、なんぞという陽気になってきて、おりしも二〇〇〇ミリパックが山となり、これが今季最後の熱燗と過日覚悟した。これからはビールかねぇと、上機嫌でもあったのである。まだ冷酒には早いかねぇと、ニヤニヤもしたのである。
 にもかゝわらず、気圧の谷が停滞しているだのなんだのと云っちゃあ、肌寒さがぶり返してきた。ビールは補充してある。次に贖うのは冷酒用か、などと考えていた矢先に、
 「寒いから、一杯飲んで寝ちまおう」
 という日が、またやって来た。どうしてくれようぞ。燗酒用を仕入れれば、一回に一合半しか消費しない私のことゆえ、山になる前に、陽気は暖かくなるに決っているのだ。

 どっちでもいゝじゃねぇか、どのみち全部、飲んじまうんだろうに――。
 それは世俗的合理の世界。一升酒喰らっていた男が一合半で満足するにいたる年月をおろそかに、もしくは度外視した俗論に過ぎない。じつは空間概念の把握法の問題であり、芸術論の問題なのである。

からめ手



 網戸ってえもんは、奴さんにとっちゃあ、まことに摑まりやすい、このうえなく登りやすいもんなんでしょうなぁ。いえ、ヤブガラシの野郎のこってすがね。けど、まさか壁のこっちがわから、つまり腹のほうから撮られるとは、思っちゃあいなかったことでしょうなぁ。まさに、からめ手からというわけで。

 高校時代の学友亀戸君の訃報が、ふた方向から入ってきた。現在でもおりに触れて付合っている、いわば気の合う仲間たちからと、バスケットボール部OB会からだ。
 仲間たちというのは、典型的な男子私学受験校にあって、芸術だの政治だのマスコミだのに興味惹かれる、自称「落ちこぼれ」集団の出身者たちだ。なんのことはない、世の中で面白い仕事をしたのは、ひと握りの飛び抜けた秀才たちを除けば、この連中だ。亀戸君も、その一人だった。
 また当時のバスケ部は、おりしも部員の少ない低迷期に当っていて、そのなかを亀戸君と私とでからくも凌ぎ、次の世代へとバトンを繋いだ、という間柄だった。

 大学へ進んでからは、なん年か音信が途絶えた。ある政治党派の活動家として、亀戸君の動きが先鋭化して、私ごとき軟派野郎とは、接点がなくなったのである。こちらからはどう連絡したらよいかも判らなかったし、彼のほうでも、素人に迷惑を及ぼすまいと、配慮してくれたのだったかもしれない。
 年月を経て、躰をこわしたこともあって、前線から足を洗った彼は、勉強し直して弁護士となった。高校時代の文学好き・映画好きの彼が復活して、われら落ちこぼれ集団の前に再登場したのだった。

 不覚にも私は年月を失念していたが、仲間うちには気の利く者もあって、その教示によれば、亀戸君が癌手術を受けてから、もう二十年にもなるそうだ。一時は病気の巣窟のようになって、仲間たちのあいだには、口には出さずとも密かに覚悟する気配が漂った。
 しかし本人は一見いたって呑気そうだった。杖を携え、動きは万事スローモーとなり、胃が半分になり、総入れ歯にもなって食事も少量づつ多数回となったが、そのライフスタイルを飼い馴らし、誘われた集りには積極的に足を運んでいた。
 法曹界の集り、囲碁同好者の集りほか、交際の幅は私ごときよりも遥かに広かった。

 地方に眠る共通の友人の墓参のために、彼と旅行したことがある。山口県までの新幹線。待合せは朝八時に東京駅のプラットホーム。早めに到着した私を、すでに彼はベンチで待ち受けていた。プルを引いた缶ビールを手にしていた。一度に多くは飲めないので、少しづつ多数回飲むのだと、云っていた。

 さきごろ、べつの旧い友人の夫人が他界されて、その香典返しのカタログから念珠を頂戴したのは、つい数日前のことだ。佳き品物ではあるが、これの出番は多くないほうがよろしいがと、書いたばかりだ。だのに、さっそくの出番となってしまった。これもなにかの巡り合せだろうか。オカルト的な趣味は、まったく持合せないのだが。

 ところで、亀戸君の死因だが、病死ではない。風呂場での事故で亡くなったという。
 前半生における波瀾に満ちた激しい生きかた。後半生における病気百貨店の飼い馴らし。じつに見事にやりとげた。
 にもかゝわらず、まさか奥さまがちょいと外出なさったあいだの、独りご機嫌な風呂場に、死への門が口を開けていたとは……。敵はからめ手から忍び寄ってきた。

言いわけ

 これは俺なんぞが食うもんじゃねえな、が第一印象だった。今は定番一品に数えられる準レギュラーだ。現金なもんである。

 ツナマヨという料理が、いつ頃から世に出回ったのかは知らない。視るからに私の興味を惹かぬ食品だ。大根おろしに合せても、醤油をかけただけでも美味しく食べられる缶詰ツナに、選りにもよってマヨネーズなんて悪ふざけにもほどがある、くらいに感じていたふしがある。
 初めて口にしたのは、世に出現してずいぶん経ってからだったろう。

 西東京市武蔵野大学で十年少々、週に一日働いた。西武池袋線の「ひばりが丘」から武蔵境行きのバスで通勤した。早めに拙宅を出て、ひばりが丘駅前のドトール珈琲店で一服して、その日のネタについてあれこれ考えたりして過した。
 昼食または間食用に、駅ビル内のセブンイレブンで、おにぎりかサンドイッチを買込んでから、バスに乗った。
 売行きが良過ぎた日だったものか、選択肢の乏しい日があって、生れて初めてツナマヨなるものを、手に取ったのだった。

 三角形のミックスサンドイッチに、ハム・ポテサラ・ツナマヨと三種類の具が詰め合せられていた。捨てたもんじゃねえや、なかなか美味いじゃねえか、と思った。
 別の日、ツナマヨおにぎりも、買ってみた。脂分が飯に染みた感じが、どうにもいたゞけなかった。
 目黒の秋刀魚ということもある。ツナマヨサンドはセブンイレブンに限る。おにぎりはイケナイ。ツナマヨはサンドイッチに限る、という偏見が少しづつ形成されていった。
 それでもまだ、自宅で食べようとまで思うには至らなかった。ポテトサラダもさようだが、玄人さんが作るものにはそれぞれの研究工夫があって、素人が真似したところで、同じ程度に美味いものなんぞ、できようはずもないのである。下手に工夫を試みれば、ゴテゴテとしつこいものができあがってしまう。

 考えが変ったのは、地元のサミットストアで、ノンオイル・カロリーハーフのツナ缶を発見してからである。ツナ缶単品としてはやゝパサつくというか、味も口当りもあっさりし過ぎて少々頼りない。塩加減だけが取り柄といった味である。サラダ用もしくは他の料理の素材用だろうか。
 さらにもう一品、カロリーハーフのマヨネーズというものが眼に入った。ハーフとハーフ、合せて一人前。これならば脂っこくならずに、私でも食べられるかもしれない。

 自炊料理はすべからく単純明快をよしとする。缶から出したツナに、擦り胡麻を振りかけて、気分によってはチューブの練りワサビを小豆ひと粒大ほど。それにマヨネーズを乗せるだけである。混ぜ合せながら食べる。
 むろんセブンイレブンのサンドイッチのツナマヨとは比べものにならない。粗末な味だ。が、私の味覚にはけっこう合致する。で、常用一品の仲間入りした。

 使い切りサイズというのか、一人前なのか、小さなツナ缶が四缶パックで売られている。ひと缶開けると、径五センチほどの小鉢に三分の一取って、あとはマッチ箱ふたつ分くらいの小型タッパウェアに収めて冷蔵庫行き。つまり一人前小分け缶をさらに三回に等分して使う。食するときには、ふた箸といった分量だろうか。
 少量多品目を原則とする老人食には、それで十分な一品である。

 いかに老人食とはいえ、野菜ばかり食っているじゃないか。動物性も少しは摂らなくっちゃと、脅迫めいた言葉が思い浮ぶこともある。
 とんでもない。玉子を焼くとき、ウィンナを一本、添えているよ。ツナマヨをふた箸、摂っているよ。肉も魚も、あるじゃないか。
 目下の、言いわけである。

桐箱

 桐箱に収められて、丁寧に包装された品物。こういうものを受取るのは、いつ以来だろうか。

 友人の音楽家が今年に入って、夫人を亡くされた。はたからはご病気知らずに見えたお元気な奥さまだっただけに、衝撃は巨きかった。
 ご夫妻もお子たちも、芸術・芸能に生きるご一家だったので、お若き日々のご苦労は、ひと通りではなかった。軽わざのごとくでもあり、白刃を渡るがごとくでもあった。

 長年のご辛抱とご精進の甲斐あって、近年ではご夫妻とも、慕ってくださるお弟子さんや後輩に囲まれて、おすこやかにお暮しと拝察していたところだったのに。
 ご葬儀には、あいにく私に半年前からの抜けられぬ先約があって、失礼せざるをえなかった。しかし仏様の配剤か、かえってよろしかったかという気もしている。
 今では友人にも、亡くなられた夫人にも、周囲に集う多くのお弟子やお若いかたがたがいらっしゃる。そのかたがたは、我ら(ご夫妻と私)のなりふりかまっていられなかった過去など、ご存じない。それでよろしい。
 得体の知れぬ老人がひょっこり顔を出して、恥多き昔を思い出させたり懐かしがったりすることは、ご迷惑だろうし醜怪でもある。
 晩年はなるべく、共に在ることをお悦びくださる人びとに囲まれて、おすこやかに過されるほうがよろしい。

 晩年にいたると人が変るとおっしゃる人がある。若き日の友情が色褪せるとおっしゃる人がある。ご恩や因縁に関して淡泊になるとおっしゃる人がある。が、私はにわかには同意しかねる。
 ある零細出版社の社長さんが、旧友の山本七平さんを久かたぶりに訪ねた。お若き修業時代、とある出版社において、山本さんが編集部に、社長さんが営業部にいらっしゃって、ともに汗を流した間柄だという。
 戻った社長さんは開口一番、「寂しいねぇ、山本は変っちまったよ」

 だが模様を伺ううちに、それは社長さんのほうに無理があると、私には思えた。
 聖書研究の専門出版社である山本書店の店主室には、文藝春秋だの読売新聞だの、外国の通信社だのテレビ局だの、来訪者が順番待ちしている。山本書店への来客など一人もなく、評論家山本七平さんへの来客ばかりだ。そこへ、
 「おぅ、山本ォ、懐かしいねぇ、あの頃はお互いに~」
 と入っていっては、いかに温厚な山本さんでも、対応に窮されたことだろう。やむなく、山本さんの秘書をも兼ねる山本書店編集長がやって来て、
 「社長さん、よろしかったら、どうぞあちらでお茶でも~」
 という仕儀とならざるをえまい。

 山本七平さんが修業時代を、消去したい黒歴史などと思っておられたわけではあるまい。友情を大切に思っておられなかったわけでもあるまい。社長さんの「寂しいねぇ」は、筋違いだったに相違ない。

 ご納骨を無事済まされたとのご報告状に添えて、香典返しとして、たいそう立派な商品カタログをいたゞいた。
 独居老人には、新たな生活用具も什器も、眼を愉しませ気を惹かれはするものの、いずれも宝の持ち腐れである。若い友人の祝言披露の引出物の場合には、消えもの(消耗品や食品)を選んでいるが、夫人をお見送りするカタログでは、まさか南高梅ビーフシチューというわけにもゆくまい。
 貧相でもなく見映え豪華過ぎもしない、私に手頃な念珠と専用袋のセットがあったので、いたゞくことにした。それが私にとっては、じつに久かたぶりの、桐箱である。

 願わくは、これの出番が少ないほうがよい。今さら四国巡礼遍路は無理だろうから、御府内八十八番札所を巡るさいの常備携帯品とするつもりだ。

あえて

 昨年のいつ頃だったか、有名メーカー品のチョコレートを比較検討していた時期があった。今はしていない。

 カカオ含有率 60%、70%、80%。当然ながら含有率の高い商品ほど、苦味が濃い。ビター味、というのだろうか。各社の商品とも、ひと口サイズの薄切り板チョコが銀紙にくるまって、洗練された彩りの小箱に詰められていた。パッケージ・デザインには「ワインに合うチョコレート」などと、目立つように刷り込まれているのもある。お洒落志向の女性客をターゲットとした商品であることが、ひと目で判るデザインだった。
 いずれも各老舗メーカーのイチ押し商品だ。味はどれにも明確なコンセプトがあって、愉しめた。しかしひととおり試してみて、おゝむねかような世界かと、自分なりに承知したところで、考察をやめた。中間結論を出したのである。
 「フ~ム、悪くない。が、俺にはゼイタク過ぎる」

 で、どなたにとっても味にお馴染み深いミルクチョコレートが、小粒状で透明な包装紙にねじりん棒のように包まれて、袋のなかにガサガサ入っている、いわゆるお菓子屋さんのチョコレートに、このところ落着いている。
 子どもたちのおやつ、といった感じの菓子である。製造元は明治製菓でも森永製菓でもない。
 あと一枚書いたら、ひと粒舐めよう、などと考えながら、夜なべ作業のデスク脇に置いたまゝにしておくには、ちょうど好い菓子だ。
 こんな庶民的な菓子にも考察の余地はあって、ビッグエーの商品とファミマの商品とでは、味も形状もわずかづつ異なる。原材料の含有配分やカロリー値やひと粒当り単価なども含めて、いずれ比較検討してみようかと思っている。

 わが愛用のファミマ廉価菓子類にあって、最近の異変はと申せば、「鈴カステラ」が姿を消したことだ。形状から商品名が「鈴」となっているが、要するにベビーカステラである。祭や縁日の露店で売られている類の菓子であり、いち時に三つも四つもがっつこうものなら、口の中の水分がもって行かれてしまって、往生するような菓子である。
 長崎屋さんに対しても文明堂さんに対しても、はなはだ申しわけないが、「しっとりなめらか」だけがカステラではない。いやもとい、高級カステラは「しっとりなめらか」であっていたゞきたいが、庶民の口にとっては時として、パサついた下品な甘みも好ましい。粉っぽさや単純すぎる甘さを懐かしがり、あえて求める場合もある。

 ファミマの棚から「鈴カステラ」が消えたのはしょせん一時的なものだろうと、たかを括っていた。補充のタイミングか、私の入店周期の問題だろうと、気にも留めなかった。が、消えてからもう一か月が経とうとする。どうやらなにかが起っている。
 小麦の輸入価格高騰だろうか。それとも製造元とファミマ本社商品仕入れ担当のあいだでの、商談決裂だろうか。夜なべのおやつにはまたとない縁日の味で、選択肢のひとつにすぎなくはあったが、姿を消されてみると、ちと淋しい。

 縁日で視る庶民的菓子のうちで、もっとも好物は切山椒だ。これは子ども時分も今も変りない。
 老舗菓子司による和菓子としての切山椒は申すまでもなく、縁日の露店で味わう、半ば乾いてしまったような、コレ餅ですかゼリーですか、というような切山椒も面白い。
 これは追掛け始めるとけっこう奥が深い感じもして、あえて品定めしたり、味わい比べたりはしないように努めている。

定義不足

 この数式の答えは?
 河野玄斗さんのチャンネルで、興味深いことを教えていたゞいた。

 答を「9」とする人と「1」とする人とがある。素朴な疑問に出発して、世界の数学者たちを二分する論争にまで、発展したのだそうな。計算機に問うても、「9」と答える計算機も、「1」と答える計算機もあるという。
 玄斗さんによれば、算数的思考と数学的思考の錯綜だとおっしゃる。

 算数の四則約束事を思い出せば、
(1)カッコ内は先に計算する。
(2)×、÷、が先、+、-、が後。
(3)×、÷、を複数含む式では、左から順に計算する。
 したがって出題の式は、6÷2×3 と書換えることが可能。左から計算して、答は「9」である。

 ところがもし、6÷2a だったら、答は、a分の3(ただしa≠0)、ということになる。
 そこで、a=(1+2)を代入したら、答の(a分の3)は「1」となる。これが数学的思考だとおっしゃる。
 6÷2a の「2」は不定数「a」に付いた係数であって、「2a」でひとつの数字と考えられる。もとの式でも、2(1+2)の左の「2」は係数であるとするわけだ。

 しかし、係数とは不定数を表現する記号(文字)だからこそ登場するのであって、すべて数字で表された出題式には、登場しえないはずだというのが、算数的立場である。
 四則の理論を確定させた論文は、1919年に出たというが、そこではこの、係数の存立範囲如何という問題は、定義されていないという。

 結果として、出題式に対する解答は、「定義不足」「解不能」と記すのがもっとも妥当だという。世界の数学者たちを巻込んだ論争の落しどころも、さようなことになったという。
 もしこの数式を試験問題に出したりすれば、出題者の見識が問われることになる。定義を明確に示して出題しなければならぬ設問だそうだ。
 ちなみにグーグルの計算機に掛けると、機械が勝手に 2とカッコのあいだに×を挿入して、6÷2×(1+2)と書き加えて、「9」という解を出してくるそうだ。つまり、機械が定義を補足してから演算したのである。

 以上が、河野玄斗さんからのお教えだが、相似的な問題は当方にもあると、思わぬわけにはゆかなかった。
 作者の表現に嘘がないとか、人間の本性を暴きえているとか、読者の考えになにがしかを提供しうるとかの価値が、芸術には可能だとの主張が一方にある。他方には、愉しめなけりゃ、売れなきゃという主張がある。芸術といったって大衆文化の一分野なのだから。
 双方ともにごもっとも、一理ある。その問題を、「高級な愉しみ」という複合概念を設定して、一流の作品は高尚でもあり娯楽的でもある、などと云いくるめてきた気がする。じつは定義をおろそかにしてきたのではないか。やり過し、先延ばしにしてきたのではないかという気が、ふと胸をよぎった。

いかん!

 老眼鏡を買い足そうかと考えている。

 四十歳過ぎたころから、老眼が始まった。幸いにして近視の遺伝形質を持たぬ家系なので、サングラスを除けば、その齢まで眼鏡とは無縁に過してこられた。それだけに、初期老眼の特徴である、まだら老眼の乱視併発による、不便感はことのほかだった。
 近視と長年付合ってこられたかたがたは、眼を細めたり光線の方向を意識したり、見えにくいものもなんとか調節して視てしまう技術を身に着けておられて、初期老眼に対しても抵抗力がある。が、人生初の不自由感に見舞われたものには、技術も抵抗力もない。

 初めはイワキメガネへ赴いて、なにやら大きな機械で時間をかけて、老眼と乱視の程度をくわしく検眼してもらい、特注レンズをあつらえ、見合うフレームを選んでもらった。たいそうな金額となった。
 それは大富豪のみがする、身分違いの行為だとすら、知らなかった。むろん今からは夢のような噺だ。

 いつのころからか、池袋のある眼鏡屋の定連となった。バッタ屋と悪口を云われるような廉価眼鏡店である。大手の安売りチェーン店ではない。卸価格販売店と称ぶのだろうか。型落ちの在庫一掃品やら、生産調整品やらが主要商品で、つまりは最新流行ではなくとも品質はまずまずという品物が、信じがたいほどの安値で買える。
 難点は、品揃えが安定していないことだ。あれもこれも欲しくなるような商品が、ドッと出回るときがあり、かと思うと急な入用が生じて駆け込んでみたら、どれもこれも食指の動かぬものばかりだったりすることもある。
 日ごろから散歩途中に気軽に立寄って、冷かし半分に眼配りしておくのが、上手な利用法だ。

 で、買物をするさいには、やゝ度の弱い疲れぬ普段使い用と、シャープに度の合った読書専用と、鞄に入れっぱなしにするスペアとの計三本を一度に購入したりする。サングラスも買ったり、置き忘れ予防に眼鏡を首から提げるチェーンなど附属小物を買い足したりもするから、店員さんの何人かとは顔馴染である。
 レンズ洗いのセットや眼鏡ケースなどを、おまけにくださる。

 この疫病騒ぎで、冷かしに寄る機会がまったくなかった。今お店が、また商品が、どういう状況か、まったく不案内だ。にもかかわらず、入用が発生してしまった。
 普段用が一部傷んだ。読書用がこのところ視当らない。外で紛失もしくは置き忘れた形跡は思い当らない。家の中のどこかにはあるのだ。が、さて、どこにあるかが判らない。そのうちに出てくるサ。あゝ無意識にこゝに置いたんだったという日が来るにちがいないと、もう半月も様子を視ているのだけれど、出てこない。今はスペアを使っている。
 で、出てきたら出てきたでよろしかろう。だいぶご無沙汰していることだし、例の眼鏡屋へでも行ってみるかという気に、今朝なったのである。

 となれば、ゆっくり炊事してチャント飯を食べている時間が惜しい。冷蔵庫の野菜ラックも冷凍庫もスカスカになっているから、午前中に買物を済ませよう。黄金週間中にもかゝわらず川口青果店が開けていてくれたから、大助かり。
 ビッグエーでは、定常補充に加えて「半日分緑黄色野菜弁当」(税抜き297円)タイムセール20円引きを買う。
 帰宅してとり急ぎ、酢の物と玉子と納豆、弁当を再加熱して即席食事。自分とはまったく異なる味付けの温野菜を噛みしめ、粥ではない炊込み飯をゆっくり噛んで食事していると、なにやらすっかり外食気分である。

 このまんま、池袋まで出掛けるのなど、やめにしちまおうか。いやいや、それはいかん!