一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

ミジカッ!

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 敵は本能寺ということが、そうか、ニュースにもあるのか。

 一歳児がパンを呑込みそこなって、喉に詰らせて亡くなったという。三センチ角のパンだそうだが、まさか立方ではあるまい。三センチ平方で厚みが食パン薄切ていど、といった意味だろう。ちょっと曖昧なニュースだ。
 普段であれば、呑込み了えるまで看守るに違いない親御さんも、他に手を離せない家事を同時進行させていたのか、つい眼を離した。その隙に、幼児は自分でパンへ手を伸ばし、口へ入れたという。

 はてな? 我が耳を疑った。昨年の春と、今云わなかったか?
 たしかにお気の毒な、痛ましい事故ではある。子育て真最中の親御さんたちに、どうかご用心あられたしと、かさねて注意喚起する値打ちはあるだろう。とはいうものゝ、ラジオニュース放送のなかで今日の今日、報じねばならぬ話題だろうか。
 事故に見舞われた親御さんは、一年半も経って傷口をまた開けられた気分だろうなと、余計なお世話に類することまで、脳裡をよぎった。

 パンの包装には「乳幼児規格適用食品」と表示されていた。と、ニュースは展開する。ところが、この表示が世間で理解されていないという。それどころか、おゝいなる誤解が蔓延しているらしい。
 消費者への調査アンケートで、大きさ・固さなどが乳幼児に向いたパンと理解していた人が、約四割あった。「規格」の文字に誘われたのだろう。アレルギー物質や添加物の安全性を謳ったものとの理解が、それに次いだ。母数は聴き漏らしたが、正確に理解していた回答者は、たったの一名だったという。

 乳幼児規格適用食品とは、福島原発災害後に制定された規格で、放射性物質が乳幼児の摂取基準値以下の条件を満たした食品という意味だ。大きさ・固さなど、食すについての便宜とも、栄養価やアレルギー物質とも関係ない。
 たしかに誤解を招きやすい表示ではある。そこで○○ではこのたび、放射性物質のみならず、その他の要件も満たした総合的な規格・指標を制定するよう、厚生労働省へと働きかけることになった……。というニュースなのである。

 ストップウォッチを手にニュースを聴いていたわけではないから、不正確な印象に過ぎぬが、一年半前のお気の毒な事故を長なが紹介し、同じ製パン業者のパンによるこんな事故もあったなどとまで指摘した揚句に、これかよ!
 頭デカくて、脚ミジカッ!

 ニュースに現実味を持たせる工夫も、そりゃ必要だろうさ。私ども界隈で申す「ツカミ」である。お聴きのあなたの身近にも、ほらこんな危険がという、脅しセールスの手口を、時には駆使することも必要だろうさ。
 でもねぇ、この場合は……。

 私ども界隈では、短篇小説の切れ味がしっかりしているかどうかを診るためには、「ツカミ」「サビ」「サゲ(オチ)」の三点が達成されているかどうかに眼をつける。
 なかでも三点のうちで最も大切なのはサゲだ。読者に後味好い印象を抱いていただくには、なんといってもサゲである。
 ツカミが大仰で、サゲが詰らない作品に出逢うと、選評はこうなる。
 ――読み始めは感心し、どうかうまくやり遂げてくれゝばよいがと、期待しましたが、末尾で力尽きました。次作をお待ちいたします。

 親しみやすいニュースを心掛けるのと、叙述が稚拙なのとは異なる。NHKともあろうものがと(あっ、云っちゃった)ちょいと気になった。