一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

助走

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――口上――

 記録によりますれば、本年五月三日に当ブログ立上げましてより、本日が数えまして百八十四日目。満半年を閲したることにと、あいなりましてございます。
 お付合いくださいましたるありがたき読者さま、お励ましくださいましたるかたじけなき皆さまには、日ごろおん礼申しあげる機会とてなく、飽くまでも自分本位、わがまま勝手に打ち過ぎてまいりましたる段、ことのほか恥入るばかりにて、この機にひとこと、ご挨拶申しあげます。

 当初、ブログという生涯初経験に際しまして、ほんのいくつかながら、方針を立てました。
 一、天下国家を取沙汰すまじ。
 二、飽くまでも身辺の意味もなき雑事を。嘘はならじ。たゞし妄想・妄言は事実なれば嘘に数えず。
 三、過去の記憶噺は佳し。そのさい記憶違いを恥じず、そのまゝとす。調べなおす、学びなおすは法度。
 四、下品・猥雑を避けず。総じて恥多きを佳しとす。

 日記副題を、老残妄言といたしましたる所以にございます。
 まずはひと月の試し運転。続いて半年までは助走。さよう考えておりました。その半年が、おかげさまにて経過いたしたることにと、あいなりましてございます。
 助走期間を振返りますると、反省点がございます。今もって好く思われたい、佳き人でありたいとの、邪念がふっ切れておらぬ箇所が、随所に観られます。申すまでもなく、理念違反でございます。

 かつて売文いたしおりましたるころの、年齢で申さば四十歳代でございますが、そのころの習性・悪癖も与っておりましょう。もとより売れっ子ではなく、十分な暮しの糧を得るほどの書き手ではございませんでした。
 小説を公にいたすつもりは、初めからございませんでした。書評、解説、推薦文、案内、追悼文などなど、発注者さまのご意向を満たすべく、埋草記事の書き手でございました。ご注文がなければ、手も足も出ません。一銭にもなりません。

 次のご注文をいたゞける売文をいたすに、コツは二つしかございません。〆切が堅いこと。発注者さまの意図を満たすこと。これだけでございます。他の売文者ではなく、アイツに回そうと思っていたゞくことが、命綱でございました。
 なんらかの事情で予定していた執筆者の原稿が飛び、穴が開いたのを塞ぐ、急ごしらえ原稿。私の名が出ぬ無署名原稿。予算都合で稿料が出ない原稿など、得意でございました。二合徳利に鯵の叩き、という稿料もございました。

 さような渡世では、短い原稿にありましても、いかに微小なる情報でもよろしいから、なにがしかの「耳より」を仕掛けておくことが、芸となります。
 さもしき境涯にて、知らぬ間に身につきましたる書きぶりが習性・悪癖となりまして、当ブログに臭い尻尾を残しているのではと、思えてなりません。

 徐々に改めてまいる所存ではございますが、さりとてこの齢からうまく改められるものやら自信とてなく、おぼつかなき次第にございます。
 とは申せ、いつまでも初心者の助走のと、言訳を連ねてばかりもおられません。こゝで、はっきり予言いたします。当ブログは、これまで以上に、詰らなくなります。
 理由は二つでございます。まずは、初心に還って、より破廉恥に書くということ。次に、少々本気で書く場合も出てこようということにございます。今までは本気でなかったと申すのではございません。本気のことごとくを出すのは、いくらなんでも読者さまに失礼と感じてきたのでございます。

 じつは、私が日常愚考いたしおることのなかには、これまで記したるより遥かに浮世離れした、多くの読者さまにとりましておよそご関心おありと思えぬ事どもが含まれております。そうした事どもにつきましても、全ボケ老人となり果てます前に、一度思い出して書き留めてとこうかと、念じております。

 どうか皆さま、とんでもない話題が出てまいりましたさいには、あゝ一朴洞が例の狂気をやっておるなと、ご海容に思し召しのうえ、ご寛恕くださいますれば幸甚とぞんじます。
 簡単ではございますが、一区切りのご挨拶と、させていたゞきます。これからも、どうかよろしく、伏して伏しておん願いあげ奉ります。

(かさねて私事ながら、漫然と喋りおりますユーチューブ・チャンネル「隠居夜咄」も、どうかよろしく、お願い申しあげます。)