一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

情緒

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我が壮観。乾燥機三台使い!

 いよいよ待ったなしだ。今日こそ洗濯を! 眼醒めると同時に、寝床のなかで覚悟を固めた。

 体重・体温・血圧。測定と記入を済ませて行動開始。
 通常の下着・靴下にジャージ・パジャマその他、それにアタックの箱も入れて一袋。シーツや枕カバーの代りにしているタオルケット・バスタオルに日常のタオル・手拭い類。さらに寒さ調節の毛布二枚。詰込みに工夫して、〆て四十五リットルゴミ袋相当の洗濯物袋にたっぷり三袋。サンタクロース三人分だ。なんとまあ横着して、溜め込んだものだ。

 空の買物袋を肩にしてから、袋三つ。ランドリーまでのわずかな道のりにも、体力の衰えを嘆く。
 水洗いか湯洗いか、アタックか自動補給洗剤か、柔軟剤はどうする? 各洗濯機の性能に合せて仕分けながら放り込む。無駄な工程のようでも案外効果がある。
 若者がやって来て、巨きなスポーツバッグから、丸まったり絡んだりした衣類を、丸ごと洗濯機に放り込んで、さっさと出ていった。元気が好い。俺もあゝだったなと、眩しいような照れ臭いような気が、ふと湧く。

 時計屋で用足し。次は八百屋。まず買物袋の底を重くしなければならない。人参・生しいたけ・生姜。あいにくレンコンのちょうどいゝのが見当らなかったので、少し思案して、ピーマンにした。
 通常は、野菜に油揚げか雁もどきを合せて、甘辛で煮ているのだが、肌寒くなったので動物性と油分を強めようかと考え、南蛮漬け風を仕立てるつもりだ。素揚げした野菜類を、酢を利かせた出汁に漬け込む。
 次はビッグエー。南蛮漬け風といっても、今回は魚を使わずにトリでゆく。トリ胸のお徳用真空パック。あとは定番食品の補充。納豆・缶珈琲・濃縮カルピス・六ピーチーズ・蜂蜜ボトル。間食用に黒糖ロール六個袋と、今日はおにぎり二個(舞茸おこわ・ネギトロ)。

 いったん帰宅して冷蔵庫に収めるべきは収め、必要なものだけ買物袋に残して再出発。ランドリーでは先頭の洗濯機がちょうど停止するところだった。順次乾燥機へと移動。今日は乾燥機も三台回すことになる。むろん組合わせは重要。一緒に洗ったものは一緒の乾燥機、というわけにはゆかない。コンバート発生。
 乾燥機がすべて回り始めれば一段落。全出張業務を了えて、缶ビールを買込んで帰京新幹線の座席に腰掛けた時は、こんな気分だったと、思い出す。

 おにぎり二個を取出す。缶珈琲のプルを抜く。マスクを外す。その場しのぎの朝飯代り。三角おにぎりを開ける手順を、外国人から訊かれたら、どう答えるべきか、などと考える。
 読み掛けの文庫本を開いて、眼鏡をかける。こういう時は、どこから読んでも、どこで中断しても、いっこうに差障りなく残念でもない本に限る。岡潔『春宵十話』。

 若者と奥さんがたが主流のランドリーに、珍しく老人が入って来た。といっても、私よりは若い。六十五歳で定年したか。頑固一徹そうな風貌。仕事は真面目だが、部下からは、さぞや煙たがられたことだろう。
 作業卓に荷物を置いたまゝ、洗濯機の品定め。決ったと見え、両替機の前でまた取説をじっくり読む。「洗槽ボタンを先にしたほうが、無駄がありませんヨ」
 両替が済んだら、店前の自販機へ飲物を買いに出てしまった。「だったらその自販機で釣銭出ただろうっ!」
 ようやく洗濯機を回し、自転車で去っていった。退屈な時間を持て余しているのか。それともたんなるランドリー初心者なのか。
 「なぁに、どうってことありません。あなたもそのうち、慣れますから」

 岡潔先生は云ってるなあ。数学はおろか、あらゆる学問の要諦は情緒だと。