一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

雪解け

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鏑木清方「二人づれ」(部分)

 雪だったのか。シマッタ!

 一昨日から昨日へかけて徹夜。取返そうと十二時間も寝ていた。途中何度かトイレに起きたが、窓を開けてみなかった。そういえば半睡半醒のなかで、妙な音を聴いた気がする。近くの工事現場で、砂利を均してでもいるのかと、寝ぼけた頭で思ったきり、また眠ったのだった。隣のコインパーキングで雪掻きしていたのだろう。
 表に出てみた。粉川さんの玄関前も大川さんの門前も、人ひとりが通る程度の雪掻きがされている。気づかなかったとはいえ、サボってしまった。

 拙宅のブロック塀の上から往来へ、桜が身を乗出している。晩秋から冬の初めに、たくさん葉を落す。ひどければ掃くが、つい眼の届かぬ日もある。よほど眼に余る日もあるのだろう。お向うの粉川さんのお婆ちゃんが掃いておいてくださったりする。
 また筋向いの大川さんは、奥さんとお婆ちゃんの女性二人家族だ。
 日ごろの罪滅ぼしに、たまさか雪が積ったときくらい、皆さんが起き出す前に私が雪掻きしてきたのだ。拙宅を含めて四軒ぶん。凍結による車のスリップ事故を恐れて、道路の雪も拙宅ブロック塀沿いに寄せて、積上げてきたのだ。
 お隣の歯科医院の入口の雪も掻いてきたが、先生は昨年引越してゆかれた。東京都の道路予定地として、緑色の金網に囲われた空地になって、立札が立っている。よって今は三軒ぶんだ。片どなりのコインパーキングは会社がなんとかするだろうし、その正面のマンションは、どういうかたがお住いかも知らない。よって向う二軒のみ両隣なしだ。

 しくじった。寝過ごした。それに今日は珍しく、用足しに出ねばならぬ日だ。悠長に食事を摂っている時間はない。ベーカリーへ走って、新年のご挨拶。メンチカツサンドと、ツナサラダサンドと、アップルデニッシュ。
 松と玉飾りを外し、とりあえず下駄箱の脇に立てかける。時間があるときバラシて、燃えない材料と植物材料とに仕分け、土に還せるものは穴を掘って埋めることになる。

 身支度して、まず巣鴨信用金庫。年に一度の定期預金の更新日だ。その足で次へ回ろうと腹積りしていたのだったが、「更新ありがとうございます」お土産をくださった。サランラップと入浴剤と高島屋の包装紙のものが、手提げ紙袋に入っている。そうだ忘れていた、こういうものを毎年くださるのだった。いったん置きに、拙宅にもどる。高島屋包装紙に包まれたのはジヴァンシイのタオル二枚組だった。

 郵便局へ。暮れに黒豆や栗きんとんや、ホッケや蒲鉾や伊達巻やの、正月食品を届けてくれる、旧友の業者さんから、請求書と振替用紙が来ていたので、送金。
 中高六年のうち四年も同級だった男が、千葉県で水産加工業を営んでいる。タコの頭だの、貝のヒモだの、魚のアラだの、余ったり処分されそうな部位を調理・加工して、珍味に変貌させて市場に出す。料亭や寿司屋で、ちょいとした突出しや箸休めとして重宝されている。私から観ると、魔法のような仕事をしている奴だ。もう何十年も、年末になると、彼がよく知る店の、彼の眼鏡にかなう品を選んで送ってもらっている。
 私と同齢のわけだから、その道のトンデモ爺さんのはずだが、まだ第一線で商売している。
 局ではついでに、通常はがきを十枚補充。「インクジェット…じゃないですよね」窓口の女性局員は私のなにを、どこを観て、一人合点したのだろうか。

 駅前を通過するさい、各店舗前の雪掻き状況を観察する。南天(立食い蕎麦の名店)の前は、道の反対側まですでに乾いている。駅は乗客の動線だけが雪掻きされ、野中の道のようになっている。松屋は店前と道の中央付近までがきれいに。某外国料理店と不動産会社は、なんにもしてない。時計・貴金属買取屋も知らん顔。この町に根を張ろうとする店と、この町へ儲けにやって来ただけの店との差は歴然だ。
 南天の店長が、シフト外の時間に、ゴミ袋と箒を手に駅周辺を回っている姿を、商店街のかたがたや、ちょいと気の付く住民なら、誰でも知っている。

 本年初八百屋。ナス、ピーマン、カボチャ、生シイタケ。冷蔵庫にニンジンが一本残っているから、合せて揚げびたしにするつもり。正月食品ばかり口にしていると、やはり自分流の野菜料理が欲しくなる。
 昨年初夏から秋口へかけて、肉じゃがばかり続けざまに仕立てた。一応の納得がゆくまで続けるのが私流である。十一月からは、毎回変化させ・実験しながら、揚げびたしに打込んでいる。

 ダイソーで延長コード。台所が寒くてかなわぬ。居間の電気ストーブを、持って移動するつもり。炊事・食事中の動線とコンセントの位置関係から、どうしても延長が必要。
 ビッグエーではまずワサビ漬。スモークサーモンに合せようとの着想。まだ底を突いてないが、茹で小豆缶、インスタント珈琲、フルーツのど飴、各補充。

 帰宅途次、気づいた。午前中ののどかな陽射しのおかげで、雪はかなり消え加減だ。なぁんだ、東京の雪ってこんなもんか。凍結もほとんどない。やれやれ助かった。
 雪掻きをサボったことは動かせないが、実害はなさそうじゃないか。にわかに愁眉を開いた。