一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

無防備となる



 一時的に無防備中。ただし住人は危険人物につき注意!

 先方、つまり事故引起し会社および代理保険会社の立入りで進行すればよろしいのだろうが、当方としては目白警察署および東京電力から、一刻も早く危険状態を解消するようにと釘を刺されている身だ。悠長にもしていられない。
 おりしも年度当初だ。工務店への工事予約は殺到していることだろうし、材料費その他の価格高騰も尋常でないと聴く。東電からのお声がかりということで、無理にも日程調整してくださっているのだろうから、なりゆきで着工してしまう。

 午前八時半、職人衆の車が到着。社長さんがご挨拶に見え、立噺をしばし。その間に柳行李か茶箱ほどの大型発電機二台を先頭に、電気ドリル二丁にケーブル、その他の工具や掃除道具が手ぎわよく降ろされ、あたりに配置された。


 午前九時きっかりに、作業開始。電気ドリルの大音量。粉川さんのお婆ちゃんも出てくる。騒音のお詫び。併せて玉ねぎスープの素のお礼を申しあげた。
 道行くお顔馴染みからも声を掛けられる。今回の事故を説明申しあげたり、桜の想い出を伺ったり。寂しくなりますねえ。こういう場合の常套口上なのだろうか。いく人もから伺う。


 それにしても、電気ドリルの威力は凄まじい。ものの四十分ほどで、昭和三十三年以来のブロック塀はなくなってしまった。予想したとおりブロック自体はかなり劣化していたものの、いかにも昔の工事らしく縦横の要所に鉄筋が通っていたから、なんとか保ってきたのだろう。
 あとは門柱片方だ。変哲もないコンクリートの四角柱だが、芯が通っているから容易ではない。しかし電気ドリル二丁の前には、ひとたまりもなかった。
 音が発生する解体作業は、午前十時を回ってほどなく、済んでしまった。あとは産廃ゴミたるブロック欠片その他の片づけと掃除である。午前十一時には、拙宅は無防備に晒された状態となった。


 さて午後の部である。午前中とはガラリと顔ぶれの異なる職人衆が見えた。餅は餅屋の世界なのだろう。きっかり午後一時に作業が開始された。
 寸法取りして、往来に面した等間隔の地中に鉄パイプを打込む。背後つまり敷地内にもパイプを打込む。前面と背後のパイプ間を斜交いのパイプで連結する。仕上りフェンスの安定安全を確保するためだろう。職人衆三人の呼吸よろしきを得て、五十分ほどで支柱は組みあがった。そこで小休止。職人衆への挨拶をかねて立噺。


 あとは仕上げのみだ。フェンス設置と片づけ掃除を含めて、午後二時四十分には作業が終了した。
 本式の塀をいかように修復するかは、今後の相談と思案の上として、とりあえずの危険を除去せよとの、警察と東電とからの要請にはこれで応えた。併せて、交通安全のオレンジ色フェンスは、ここには得体の知れぬ生物が棲んでいるから侵入せぬほうが身のためだという、ささやかな意思表示にもなった。

 懸案箇所を連日巡回しているらしい、目白警察署警備班のご来訪は、午後三時半ころだった。ピケのビニールテープと、立入禁止・接近禁止のコーンと、コーン間に差し渡すタイガー縞のバーとを回収してゆかれた。
 晴れて拙宅は、ひとまず立入禁止区域ではなくなった。怪我をしている家の目印たるオレンジ色フェンスに囲われてはいるけれども。