一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

ザックザック

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ふと、気になったりする。

 「○○円になります。袋おつけしますか?」
 「持ってます、ありがとう。△△円からお願いします」
 「毎度ありがとうございます」
 「お世話さま、いたゞきましたァ」
 ベーカリーと八百屋と、ファミマとビッグエー。今週に入って、これ以外の会話をしていない。べつだん珍しいことではない。

 ある年齢までは、こういう事態を奇異に感じ、こんな暮しでよろしいのかと、考えたものだった。今では、どうとも感じない。むしろサッパリしていてよろしいのではないかと、想うことすらある。それでも、自分の舌や耳や眼が運動不足になって、ふと散歩に出ることもある。
 ふるさとの訛りなつかし停車場の人ごみの中に。啄木に思い入れがあるわけでもないが、縁なき人びとの顔や姿をまとめて眺めたければ、駅は絶好の場所だ。
 が、人にではなく、洗面所への案内看板に向けてシャッターを切った。

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 ロッテリアに寄る。おそらくは今年一杯目のアイスコーヒー。春だな。
 二階窓際のカウンターに陣取れば、窓の正面は神社の大鳥居。この陽気であればきっと、と予想したとおり、門番の黄トラが石段に長まっている。アイツは期待を裏切らない。
 こゝに立寄るつもりはなかったので、読みかけの本もノートも筆記具も携えていない。となるとすぐ退屈してしまうのも、想像力・空想力の老化だろうか。

 さいわい急ぐ買物もないので、まっすぐ帰るか。
 本当は済ますべき用事は山とある。ホームドクターの内科医と歯科医へ通院せねばならない。受取状・礼状を三通したゝめねばならない。読んでみて欲しいとのお頼みで、お預かりしてる原稿を二篇読まねばならない。
 どれもこれも、ワガママなものぐさから、先延ばしにしている。

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 あれもこれもサボって、桜を視あげていたりする。日一日と、葉が出てくる。ザックザックと音をたてて時が移ってゆくようだ。私とは全然ちがう。
 花柄なのかガクなのか、花が散った跡もずいぶん眼に着くようになった。

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 今年もまた、往来を汚す。ご近所さま、申しわけございません。

 ときに、駅ではなんで、あんなもんが気にかゝったのだろうか。嘘! 理由は判っている。咄嗟に判った。

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 介助を必要とされるかた、の意味だろうが、画を素直に読めば、精神に問題がある者、といった意味になるじゃないか。
 つまりは、俺のことじゃねえかと、ふと思ったのだった。