一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

時ならぬ発覚

左:サンテPC(参天製薬)、右:マージナル®抗菌AZ(ゼリア新薬工業

 この齢まで、さいわいにしてあまりご縁がなかったために、無知・無頓着でいられたもののひとつに、目薬がある。

 このところ疲れ眼がひどい。引籠り生活がつづき、読書時間と台所時間と、買物とわずかな家事時間とをのぞけば、おゝむねパソコン前で過しているのだから、当然といえば当然だ。
 お仕事でパソコン慣れしているかたがたのように、画面に一時間向ったら十分間休むというような、職業的訓練・習慣も身についていない。興が乗れば、時間を忘れて画面に向っている。
 怪我の功名といえば、集中の持続が保てなくなっているという点だ。しかしそれも、集中が切れて買物に出るだの台所へ移動するだのであればよろしいが、もう一台のパソコンへと席を移して、遊び始めてしまうことがあったりもする。

 我に返って、ブルーライトを何割か遮断するという、茶色のサングラスをかけることもある。先年、池袋のビックカメラパソコン館で、ヘッドホンだのマウスだのといった小物雑貨を漁っていたときに、ふと眼に着いて、ついでに買ってみたものだ。なるほどこれを装着していると、気のせいか眼底の疲れがいくらか楽になるように感じる。
 とはいえそれも、なにごとかに夢中になって、サングラスになどに考え及ばねば、一日中思い出すこともない。

 悪習慣が積み重なって、とうとう天罰てきめんに至ったか、このところ眼底疲労が明確に自覚できる日々となってきた。
 踏んだり蹴ったりということか、右眼が痛んできた。眼を閉じて、両まぶたを左右の指で同時に押してみると、瞭かに右が硬い。腫れているようだ。鏡に向ってみると、わずかに眼びっこだ。右まぶたがいくぶん垂れて、右眼が小さくなっている。
 なおよく触診してみると、まぶたの裏の目元寄りに、小さなシコリがあるようだ。モノモライでもできたか、それともなにかの炎症だろうか。

 で、マツモトキヨシ行きとなった。
 「パソコン画面による疲れ眼がひどいんですが、こゝへきてモノモライでもできたもんか、片眼だけ腫れましてね。抗菌性を加味した目薬をください」
 「そういうものは、ございません」
 言下に云われてしまった。色とりどりのパッケージが並ぶ目薬の棚へと案内されて、
 「これが抗菌用、こちらが通常の疲れ眼用です」
 なるほど片方の小箱には、商品名の副題さながら「ブルーライト」と眼に着くように書いてあり、ご丁寧にパソコンのイラストマークまで添えてある。もう片方の小箱には、商品名など眼に着くところにはなく、たゞ「ものもらい・結膜炎」とだけ大きく書かれている。一目瞭然だ。
 目薬というものは、私が考えてきた以上に、幅広い世界なのかもしれない。これまで私は簡単に考えていたのである。目薬には健康保持の基本成分が含有されていて、それに抗菌成分が加味された、いわばハイブリット商品を選択すればよろしかろうと。初めて自分の無知・迂闊に気づいた。で、両方買った。

 帰宅して双方の効能書をしげしげ眺めくらべて、今さらながらに驚いた。ふたつの成分表に共通する成分が、ひとつとしてない。
 成分表にはいちいち記載されぬ、たとえば薬効成分を溶し込んである生理食塩水のようなものは、そりゃあ共通するかもしれない。だが薬剤として両商品は、とことん異なる組成をもった薬品なのだ。フ~ム、さようなものだったか……。

 マツキヨのスタッフさんは、薬効を考えてのことだろう。モノモライ用の目薬をかならずさきに差し、疲れ眼用をあとから差すようにと、念を押された。ごもっともである。が、疲れ眼用は昨日今日の症状ではないし、今日明日喫緊の課題ではない。まぶた裏の炎症は急を要する。
 で私は、左眼に参天製薬、右眼にゼリア新薬工業を、昨日から差しているのである。まぶた裏に時ならぬ炎症でも生じなければ、目薬の多様な世界など、知るよしもなかったろうに。

 ところで、マツキヨからの帰宅途上でまたひとつ、工事現場を眼にした。こゝにあった不動産会社さんの営業所が、隣りの建物の一階を仮営業所とし、従来の建物が解体された。わが町がまたひとつ、高層化されるのだろうか。

 道路に面した建物が解体されて、その奥の建物が初めてこの眼に見えた。地上から屋上へと直行する梯子が露わになった。テレビアンテナの取りつけや修理だって、水道タンクや屋上防水の工事だって、両建物の間のわずかな外部通路から、内部の住人に迷惑かけずに、屋上まで上れる。
 屋上にて、全裸で日光浴したところで、ドローン撮影でもされぬかぎり、覗かれる心配はない。それどころか、夜更けてからの密会・逢引にうってつけである。
 隣りの建物の時ならぬ解体工事でも生じなければ、格好の逢引スポットが発覚することもなかったろうに。