一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

あんまん申す


 俺一人に取材がかかる機会ってのは、めったにないんだが。世の中には、いろんなお人があったもんで。

 俺んとこの爺さんってのが、ちょいと視あげたところのあるお人でね。昔から主役と決ってた肉まんや、新興昇り龍のピザまんらを差置いて、長年脇役ばっかしの俺に注目してくれてんのよ、うん。どういう次第かねぇ、訊いちゃいねえけんども。
 爺さん云うには、肉まんの兄ィには具の量だとか配分だとか、刻み加減だとか練り加減だとか、塩加減だとか調味料だとか、眼の着けどころがたくさんある。個性を発揮しやすい反面、客をだます手管もふんだんにあるって云うんだな。芸域が広いってやつさ。そりゃ確かに、俺ら脇役の太刀打ちできるとこじゃねえと、かねがね承知さ。

 けどウチの爺さんは、それが面白くねえってんだから、偏屈なもんじゃねえか。そこへゆくと、あんまんは単純明快で嘘がつけねえ。造ったもんの考えがあからさまに出るってんだな。
 じゃあ新参で人気急上昇中のピザまんは、どうよ。爺さん視向きもしねえ。嫌いなはずねえんだがなあ。考えてみりゃあ、朝に晩に六ピーチーズをかじるお人だ。目玉焼きにもウインナ炒めにもケチャップをかけるお人だ。ピザ系の味はもうたくさんと、思っていなさるかもな。

 そうなるとあとは、あんまん同士の競合いよ。
 一個当りの値段の安さで云やあ、ビッグエーの井村屋さん謹製に敵わねえや。爺さん当然試したよ。一度で見放し二度と手を伸ばさねえ。なんでって訊いたら、あれは菓子だって答だった。
 あんまんには珍しくツブシあんでね、味も食感も今風に軽くて、早く云やあお洒落なんよ。変だナ、爺さんこういうの嫌いじゃねえはずだがと思ったがね、云い草がふるってらあ。菓子や菓子パンに求めるものと、あんまんに求めるものとは、違うんだってさ。意地っぱりなもんじゃねえか。

 サミットストアには俺と、山崎製パンさん謹製の同輩とがいるわけよ。爺さん当然、じっくり視比べなすった。袋に何個詰めか、一個当りいくらか。四個詰めと六個詰めでは、単価に何円の差が出るか。あーぁ、じつにもって、しみったれたもんさね。
 むろん味も比較されたさ。ヤマザキブランドは、やはりパン屋さんらしく食べやすさ親しみやすさを追求なさっていて、あんこの味が日本的なんだとさ。爺さんによると、昔は支那まんとも中華まんとも称ばれて、なるほどこれが中華かと感じさせる味が主流だったそうだ。あんまんのあんこにも、ナッツの味や香辛料の香りの助けも借りて、異国風をかもし出そうと、ずいぶん工夫が重ねられたらしい。
 そういやぁかつて、銀座アスターの肉まんっていう、巨漢のやたらに豪華な連中が幅を利かせていた時代があった。俺ら貧相なもんは、このまま消えてゆく運命かと悄気返ったもんだったが、辛抱する木に花が咲くっていうか、年月かけての庶民の力だねえ。次つぎ参入メイカーあって、今や味と品質のほかに、価格競争さ。

 ところで六個詰め商品にはよ、肉まん六個入り袋と、肉まん・あんまん三個づつ袋と、肉まん・ピザまん三個づつ袋とがあるわけよ。これが爺さん、気に入らねえんだな。肉まん二個とあんまん四個の袋はねえのかなんぞと、無茶を云いだす始末さ。ったく、手に負えねえよ。ま、ご贔屓くださるのは、ありがてえにしてもさ。

 ほかに人気あるところじゃ、コンビニまんがあるのはご案内のとおり。なにせ頃合にふかされて気分好さそうに湯気立てているからねえ。人気も当然だ。
 ウチの爺さんも煙草を買ったりコピーをとったり、ついでになんか視つくろったりで、一日おきくらいにはファミマに入店する。だのに肉まんにもあんまんにも、手を伸ばさねえんだなあ、これが。
 またしても云い草だ。美味いのは解ってる。が、アツアツを買って帰って、すぐさま愉しめるのは一個だけだ。個数を買って、いったん冷凍保存し、解凍とふかし・むらしの加減を愉しむのが醍醐味だとさ。依怙地もここまで来るかねえ。

 そのふかしについてもね、メイカーからの説明が商品袋に印刷されてるわけよ。電子レンジで何ワットなら何十秒とか。チンッのあと、何十秒むらすべし、とかね。
 ところが爺さんによるとね、それでは皿に接触していた底面が温まらない。かといって時間を延長すると、今度は上側の表面や中のあんこが熱くなり過ぎるってんだな。肉まんならまだしも、あんまんにおいては許されねえってんだから、もうなんともはや。
 で 爺さんときたら今もって、ガス台で鍋の底に湯を沸騰させて、内側にブツブツ穴の開いた便利せいろを置いて、布巾で覆った鍋蓋を閉じて、蒸気でむしてるんだぜ。解凍に何分、ふかしに何分とか火加減しちゃったりしてさ。

 ま、そうやって俺ら庶民商品をよ、せいぜい美味く食ってくれようってんだから、奇特な爺さんとも、云えねえことはねえんだけんどもよ。
 えっ、お前は誰だって? 名乗らなかったっけか。聴いて驚くなよ、中村屋よお。