一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

仁と義


 とある日の、ビッグエーでのレジカウンターにて。

 私はすでに勘定を済ませて、荷改めの長机でカゴから買物袋への移し作業をしていた。レジカウンターから男の大声が聞えてきた。私の次の次に行列していた老人らしい。老人といっても、私よりはいくぶん若そうだ。やせ型やや長身で七分の白髪。跡を譲った職人さんか職工さんという感じだ。
 「これっぱかしじゃないか。小銭も用意したんだからさぁ、受取れよぉ。サッと済ませちゃったほうが早いだろうが」
 ビッグエーでは少し前から、レジ打ちの後に読取り機を操作してのカード決済は受付けるものの、現金は受取らなくなった。脇に設置された現金決済機の画面に請求金額が表示されて、客は各自そこへカゴを移動させ、駅での発券機みたいに清算する仕組みとなっている。

 サミットストアではかなり前から、似た方式へと移行させた。現金を数える負担から店員を解放したのだろう。間違いも少なかろう。混み合う時間帯の処理能力も、このほうが断然速いにちがいない。客がもたついたりさえしなければ。
 「ひと目で判るだろ? これだけなんだから、ほらぁ。融通を利かせろよ。すぐ済むんじゃねえか」
 カウンターには、麦茶のペットボトルと菓子かツマミの袋だけが置かれてある。たしかに一目瞭然の買物で、計算間違いや錯覚など起りそうもない。が、レジ打ちの店員は現金を受取ることができないのだ。店の方針による仕組みがそうなったのだ。
 店内あちこちで欠品補充中の男性店員さんも数名見かけたが、レジ打ちしていたのは胸に「実習中」のカードを付けた若い女性店員さんだった。応対に窮して、小声でもごもご云うばかりだ。


 「ちょいと、ごめんなさいよ。あんまりご無理おっしゃっちゃあいけませんや。お嬢さんが困っておいでだ。店の決りどおりになさってるんだから、ねえ」
 聴きつけた男性店員がおっつけやって来るのは必定だから、出しゃばる筋合いでもなかったのだが、ついつい視かねて近づいてしまった。
 「お気持は解らねえじゃねえし、だいいちこの機械は好きになれねえや。ですがアータも先輩なんだから、ここは大声をお挙げなさるところじゃございませんでしょう。それでなくったって、年寄りがとかく足を引っぱって邪魔にされがちなのは、つねのこってす。若いもんにはなるたけ、迷惑かけねえようにしようじゃありませんか」
 正ちゃん帽のてっぺんからボンボンが取れてしまったような毛糸の帽子を、さりげなく脱いで見せる。相手の瞳をちょいと窺うように覗き視る。アタシはアータより齢上だがねと、無言でアピールだ。

 以上はふと頭をよぎった妄想。以下がファクト。
 「まったくねぇ、店員さんに直接お支払いできなくなっちゃったんですよねぇ。そのうえこの機械ねえ。いいえアタシもですね、がま口の小銭を数えたりして、ちょいとでもまごまごしようもんなら『お金を入れてください』って催促されちゃうんですよ。それがまた甲高い声でねえ。今やってるっつうの。そうせっつかれたって、年寄りはてきぱきとは行かないってんですよ、ねえ。慌てちまいますよ。すると二度も三度も『お金入れてください』でしょお。よけい指先が云うこと聴かなくなりますよ。周りのかたがたの眼もあるし、見っともないっちゃありゃしない。まぁ今風ってんですか。便利なんだか不便なんだか、判りませんなあ」
 相手は麦茶ボトルと菓子袋を掴むと、黙って支払機へ移動していった。重ねられた空カゴが塔になった返却場所へ自分のカゴを返して、店を出ながら思う。結果は同じだ。