一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

ぴよこチャンネル



 「piyoko の韓国 Lab.」というユーチューブチャネルを視聴している。韓国人アラサー美女が韓国の繁華街を食べ歩き案内する動画と、日本各地の体当り旅行で観光しつつ食べ歩きする動画とが四割づつ。その他の随筆的語りが二割といった、バランス良き日韓親睦動画である。
 日ごろ韓国人愛国者による反日動画にも、それを正そうとする親日動画にも注意しているが、双方にくたびれたとき、ふと覗いてみる動画チャンネルだ。

 今の事情に暗いが、まだテレビを観ていたころ、石塚英彦さんとか彦摩呂さんといった、食べ歩きスターがおられた。Piyoko さんは、彦摩呂さんの番組をよく研究なさったと思われる。いずこ風とも知れぬ関西語的日本語を駆使して、視聴者の感性にごく近いところで食レポを炸裂させる。飲食店では、まず生ビールをグビリッ。
 「ふぅ~、これやな」
 「なにコレ、めっちゃ美味いやん。トロけるわ~」
 これで「口の中が宝石箱や~」とつけ加えれば、まんま彦摩呂さんだ。そして女性にしては、恐るべき健啖家である。

 天然系を装うキャラクター作りも傑出している。日本旅行にはお決りのギャグがいくつもあって、まず極端な方向音痴という設定だ。大阪梅田でも広島でも、福岡でも熊本でも、
 「ホテルどっち? このグーグルマップ、解らんわぁ。たぶんあっちやな」
 一度は反対方向へ。通行人に訊ねる。眼を見張るコミュニケーション力を発揮する。
 「日本のオバちゃん、優しくてめっちゃ好きや~」
 目的地への最短コースだけでなく、あたりの街なみ景観や、人通りや雰囲気をそれとなく観せる仕掛けだろう。

 乗物や飲食店に着席して、画面が静止進行となるや、まず「変顔」をアップで見せる。「まだヤルか?」「人前ではヤメとけ」「来るんじゃないかと思った」などのツッコミ字幕がカブる。変顔の種類も豊富だ。コメディエンヌの資質満開である。ひとつふたつなら素人にも可能だろうが、鏡のない場所でこれほどの別顔は、相当の稽古なしにできる技術ではない。
 そして初歩的オヤジギャグを模した駄洒落。「梅田のモツ焼ウメ―」「祇園の擬音、なんちゃって」のレベル。これにも「ヤメとけってのに」などの字幕がカブる。

 じつはこの人、前々職はアシアナ航空の国際線客室乗務員である。スッチーさんだ。前職は超大手企業の国際渉外部門に勤務した。日韓財界要人による会談の場で、同時通訳も務めた。韓→日、日→韓、両方の通訳士の資格を持っている。日本語検定一級だ。
 三年ほど以前の動画に瞭らかだが、日本人でもこれほどにはというほど巧みに、尊敬語と謙譲語とを使い分けて、なだらかな公式日本語を喋れる人である。
 物怖じせぬ度胸と鉄の胃袋・肝臓を持った関西訛りの日本好きヤング熟女は、入念細緻に練りあげられたキャラクターである。

 貧しい家庭に育った。父が強度のアルコール依存症でアパートの室内にはつねに嵐が渦巻いた。帰宅するのが嫌で、深夜まで徘徊した。やがて両親は離婚し、祖母の手で育てられた。
 高校での第二外国語に日本語を選択した。仲良しに誘われたし、日本のアニメも好きだったからだ。翻訳チャットのアプリを使って、日本人男子と応答した。私の時代なら外国人ペンパルといったところか。東京へ行ってみたかった。
 国際線の客室乗務員を主役とするテレビドラマにはまった。憧れた。しかし航空会社の採用は大学卒業者に限られた。彼女には、受験勉強して大学進学する家庭環境がなかった。
 なにせ睡眠時間は一日三時間と決め、日本語にだけ熱心で、そこに心の支えを求めて暮していたのだ。偶然にも、日本語さえ満点を取れば、他科目には目こぼしがある地方大学を見つけた。進学した。
 大韓航空の採用試験には二回落ちた。アシアナ航空にも一度落ちた。最後の思い出受験と覚悟して受けた二度目のアシアナ航空採用試験に、合格した。

熊本にて。

 これほど抜け目のないキャラクター設計のできるユーチューバーのことだ。自叙伝動画だって、どう計算されてあるかなんぞ、判ったもんではない。
 だがともあれ、彼女の日本語力とコミュニケーション能力は凄まじいほどのもので、その下地能力をやんわり隠してのオトボケ珍道中だからこそ、安心して笑わせてもらったり、感心させられたりするのだろう。
 熊本は、長野とならんで、日本屈指の食用馬肉の名産地である。出た~!
 馬が、うま過ぎる~。画面の外で、店員さんが腹を抱えて笑い転げている。