一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

梅雨見舞

 自分への梅雨見舞い、と思い立った。

 本降りでもないが、晴れるでもなく曇りですらない。かといって、いかにも梅雨期間中というようなジットリ蒸暑さもない。むしろ肌寒くすらある。
 仕事メールや知友からの重要メールはありえようもなく、迷惑メールは毎日舞込んでくる。アマゾンや携帯会社や、ホテルチェーンやカード決済銀行を名乗って、身に覚えのない脅し警告メールが届く。犯罪行為ではないのだろうか。
 思い当るような社会生活から外れているので、応答することはないけれども、不愉快だ。

 SNS 上では、見ず知らずのかたから「お友達になりましょう」とお誘いが舞込む。ウェブ上だけのことゆえ、情報繋がり契約を結んでもかまわないけれども、すぐに「祐介さんの趣味はなんですか? ぼくは旅行とスポーツ観戦とグルメです」なんぞとお訊ねメールが突きつけられる。「趣味などない貧しい引籠りです」と応じると、またすぐさま折返してきて「ご家族といつもより余計に話すだけでも、気が晴れますよ」だってさ。
 なぁんだ、当方のこれまでの投稿や、ネットワークしてあるブログもユーチューブ・チャンネルも、なにひとつチェックしてねえんじゃねえか。宣伝か勧誘か、詐欺用のリスト収集かそれとも慈善事業かは知らないけれども、あまりの手抜きに拍子抜けする。

 不動産会社から電話がかかってきた。いく度も電話があった会社だ。むろん取引きなんぞこれっぽっちもない。「お近くを回っている担当が代りましたので、ぜひお玄関先までご挨拶に」だってさ。「人事異動は御社のご事情でしょう?」と応じた。
 「すでになん社も伺ってますか?」と来た。「なん十社のお間違えでは?」と応じた。「御社の正当な営業活動に水を差す気は毛頭ございませんが、お時間が無駄になりますけれども」と申し添えた。
 これまですでに三人も四人もの、同じ会社の別の営業員から電話を受けている。パンフレットと名刺とが、郵便受けに投入されていたこともあった。営業日誌情報が、社内で共有されてないと見える。営業員同士の自由競争に任されてあるということだろうか。
 社会性をなかば喪失した老人とは、群を逐われて単身サバンナをヨタヨタ歩く老獣のごときで、インパラからもシマウマからもヌーからももはや危険視されぬ代りに、ハイエナやハゲワシからは注目される。
 まことに致しかたのない仕儀で、覚悟してはいるものの、うっとうしき限りで、不愉快だ。で、気分転換に自分への梅雨見舞いを思い立った次第である。

 いかにすれば自分が気を好くするかと、考えてみた。べつだん欲しいものも、会いたい人もない。行きたいところも急には思いつかない。エーゲ海沿岸へ出掛けてヘロドトスが歩いた道を歩いてみたいと云ったところで、急には無理だろう。となればさしあたり、気に入る肴で一献ということか。今の気分は……と。ちょいとご無沙汰の「宮川」か。板ワサと鰻の白焼で冷酒という感じか。好物のうざく(胡瓜と若芽の酢の物に蒲焼を刻み込んだもの)も必須だ。
 煙草を補充にセブンイレブンへ出たついでに、サミットストアへと足を伸ばして、「うなぎまぶし飯」を購入。ワンパックあたり 471 キロカロリー。税込みで 537 円。これなら今の身分にあっても許されるだろう。サミットのウナギ関連の弁当に同封されてある小袋入り山椒は、ことのほか香りが強く、わが密かなる気に入りである。

 順路ついでに菓子やパン類の棚を一瞥。肉まんあんまんセットの在庫は間に合っているし、マーガリン入り黒糖ロールは、同メイカーの同商品でもビッグエーのほうが安い。ビッグエーで取扱ってないものを眺める。眺めるだけで、買う気はなかった。
 ところが昨日売上げ予定だったらしいアップルパイが、値引き。いく度も書いたが、アップルパイはわが大好物だ。コンビニで総菜パンを見つくろう場合でも、アップルデニッシュなどとあると、つねに候補のひとつにはなる。
 つい立停まった。二個。今日と明日のおやつ用である。

 鰻の極薄スライス数片と焼汁まぶし飯、それに安売りアップルパイ。それで他愛なく気分転換できるわが気鬱とは、いったいどの程度のものなのだろうか。
 いや、さように些細な生活感情こそが、生活の現実味(リアリティー)に他ならない、という説はいちおう成立つものの、やはり痩せ我慢か居直りかによる強弁に過ぎまい。が、この件、今日は深く考え詰めぬことにしておく。