一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

棘と根と



 建屋の北側、児童公園との境界。拙宅草むしりの難所のひとつである。

 むさ苦しく繁茂するまえに、こまめに整備しておくべきだ。さようとは承知。さりながら身はひとつにして時は足らず、つい視逃してというのは嘘で、視たくないものは観ずに過してきたのだ。
 ところが昨日ふいに、児童公園に三名の精鋭職人さん到来。あれよあれよという間に、拙宅敷地寄りの植込み一帯を、一気にさっぱりなさってしまわれた。私は完全に出遅れた恰好だ。さして部厚いでもない金属フェンス一枚向うは、整然と整備された植込みなのである。私としては、たとえ優先順位を他所と入換えてでも、この場所に手を着けずにはおられようか。
 陽当り地味とも十分の場所とは申しがたく、ドクダミ・シダ類の繁茂は南側・東側ほどではない。が、この地域に特有の難敵が、しかも二種類ある。ひとつは鬼アザミ、今ひとつは先年滅ぼしたネズミモチの切株から残存根を横に走らせて、思わぬ所から芽吹いてきた幼木である。

 鬼アザミの葉先からも茎からも、鋭く丈夫な棘がみっしりと生えている。硬いばかりでなく細い。眼の粗い軍手などまったく役に立たない。かといってわざわざゴム手袋か革手袋を用意するのも、なんだか癪にさわる。軍手をしながら、素手て触るかのように用心深く作業することになる。
 しかも株元からひと思いにという接近戦は危険で、まず花首を落し、茎の七分目を伐り、三分目を伐り、ようやく根元を伐る。そのまま草山には積めないから、葉を一枚いちまい茎から切り離す。すべて剪定鋏一丁の作業で、びっしり生えた棘を避けつつ、私の肩丈ほどにも成長した五六株を処理しなければならない。楽観してはいなかったが、やはり思いのほか時間を食ってしまった。


 第二の難敵はネズミモチだが、幼木とはいえ樹木である。草類もろともひと掴みに引っこ抜こうとしても無理である。ひこばえのごとく生え出ている小枝を、一本いっぽん伐ってゆかねばならない。
 唯一朗報は、先年滅ぼした親株からは、どうやら新芽を吹出してないもようだ。主根を一本掘出して伐り離したのが効果あったようだ。だが二番三番の根っこはまだ地中にある。這い伸びた先のとんでもない所から、新芽を吹いてくることもあろう。今日伐らねばならぬのも、その一本だ。先方も必死である。

 本日処理の幼木には、なりこそさほどではないものの、甘い顔を見せるとズンズンと逞しくのさばってきそうな素性を感じる。このさい根っこごと掘りあげてしまおうと決心して、スコップを取りにいったん戻った。予定外の本格的作業である。
 案の定、幹はまだ細くとも、根張りは一丁前で、根元周辺へのスコップ差入れはことごとく弾き返されてしまった。やや遠巻きに根の延長線沿いに掘って行って、ようやく幹の真下へとスコップが入った。それでも頑強に抵抗してくる。
 奴め、テコの原理を知らねえな。スコップの柄に体重を乗せると、思わぬ遠くの土面がもぞもぞ動く。思ったよりも根を伸ばしているらしい。そうと判れば、こちらにも手立てはある。

 かくして、本隊壊滅後に残存根続き分遣支隊にて画策中であったネズミモチの、陣地ひとつを壊滅させた。わが昭和の手作業小道具分隊の威力を、侮ってもらっては困る。

 ただし予定時間を超過した。しかも今年一番の高温らしい。眼が回る。タオルを巻いた首筋から後頭部へかけて異様に暑い。自販機へと急いで、炭酸飲料を補給。地下足袋を脱ぐ間ももどかしく家内へ入り、シャワーをたっぷり浴びて、ひと息ついた。が、足の指先から付け根あたりが、まだ痺れている。