一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

啼く蝉の


 はたして間に合うのだろうか。

 蝉の声は、幹や枝葉や周囲の建物などにどう反響するものだろうか、およそあのあたりで啼いていると見当はつくものの、ほれここにと姿を目視することがあんがいむずかしい。
 神社の境内では、最盛期を過ぎた今もしきりと啼き交しているが、拙宅老桜にあっては、本日はわずか一匹である。しばらく観察してみるが、啼きやまぬし移動もしない。老樹の幹肌は凹凸が露わで、留まりやすいのだろうか。それとも近隣には好みの樹が他にないと、すでに確かめ済みなのだろうか。いやどう視ても、今朝地上へ上ってきたばかりで、なんとしてもこの場でと一途で必死な若蝉のように見受けられる。
 だとすれば、ずいぶん遅れてきた青年である。

 蝉の生態については、なにも知らない。卵でいる日数は決っているのだろうか。幼虫の姿でいる歳月も決っているのだろうか。もし決っているなら、彼の両親は衆に遅れて交尾産卵したことになる。そして彼も、候補者が激減してのちに、せいぜい奮闘して交尾相手にめぐり逢わねばならぬ宿命を負っているわけだ。
 さいわい樹下にはわずかながら土面がある。桜のほかに花梨も万両も植わっている。ブロック塀と樹木類により半日影が形成され、私がちょいと怠ければ雑草も多く生える。このあたりにはドクダミの地下茎がはびこることもなく、フキが林立し、あとはお定まりのヤブガラシやシダ類である。季節がくれば桜の葉が散り敷いて地表を覆う。卵や幼虫の生育環境としては、まずまず最低ではないはずだ。
 青年! もうひと頑張りだっ。

 この夏は、体調維持に窮した。熱中症というほどの症状ではなかったが、暑気当りしたとみえ、のべつ躰がだるく、起きていてもつねに眠かった。足首やそこから先がむくんで、いわゆるクリームパン状態の指となりかけた。体温や血圧の日常計測数値に異変はなかったものの、食欲が低下しているのに、体重は微増した。不規則となった食事が、かえっていけなかったろうか。行動意欲が湧かなかった。ご挨拶状やお礼状をお出ししなければならぬ先さまへ、ずいぶん欠礼してしまった。

 ここ数日の猛暑峠越えで、ひと息ついた思いだ。アイスノン氷枕の威力が発揮されて、短時間でも熟睡できるようになった。寝汗も少なくなった。足首やふくらはぎのむくみが退き、足と指の形が顕れてきた。体重も下り始めた。なによりも呼吸が楽になった。
 お若いかたがたの前で先日講演したさいの記録動画を検分してみたら、「なにせ来年の今日ここでお喋りできるという保証はないんですから~」なんぞと云っている。喋りの不出来を言訳しての自虐ジョークだが、あァ本気でさよう思っていたよなと、そのときの気分を思い出した。
 だがどうやら事なきを得たようだ。欠礼した先さまがいくつあるかと思い出し、メモに書き出してみたら、なんと十件近くもあった。大変だ。書き始めよう。
 老人! もうひと頑張りだっ。