一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

復旧工事



 甘く視てもらっては困る!

 建屋西側、コインパーキングとの境界塀とのあいだが、雑草繁茂により長らく歩行困難通路だったのを、思い切って開通させた経緯を日記に挙げたのは、九月下旬だった。五十日ちかく経った。歩行困難というほどではまだないものの、むくむくと再起しつつある者どもがある。ここが開通したとき、あァこれで建屋四辺を自由に周遊できると、新たな散歩道を発見したような快感を覚えたもんだった。で、ここをさっぱりさせておこうと思い立った。

 拙宅における最大派閥のひとつであるドクダミは、この地帯にはほとんどいない。陽射し・風通しのゆえか、地質・地味のゆえか、知らない。皆無というわけではなく、ごくわずかな幼葉が観られるということは、風媒・虫媒の及ばぬ地帯ということではなさそうだ。おそらくは根だか地下茎だかがこの地帯にまでは回り込んで来ていないということだろう。幸いである。これからも心せねば。
 シダ類はいるものの、建屋南側・東側ほどの勢いはない。こちらは陽射し・風通しの加減によるのだろう。ヤブガラシはいるが、まださほど出て来てはいない。周囲に巻き付いて伸長しては葉を茂らせて、他人の光合成を横取りする習性だから、周囲に立つ者がなければ地を這うほかはなく、繁茂速度は段違いに鈍る。

 代りにこの地帯の帝王として繁茂の限りを尽しているのは、フキである。南にも東にも北にもいない。もっぱら西側を領分として、最大勢力を誇っている。根だか地下茎だかは太い。この太さ丈夫さゆえに、ドクダミやシダ類は生存競争において太刀打ちできないのかもしれない。
 九月下旬の開通草むしりのさいには、根や地下茎はなりゆきで抜き取り、根元でちぎれた株については、地下部分を眼こぼしした。たんなる作業時間の節約による。わずか五十日ほどでこれほどまでに再起してきたのも、私の手抜きが原因かもしれない。

 西側にはネズミモチの切株が、小型ながらふた株並んである。年月をかけて滅ぼした南西角の最大株が、かつて北へ伸ばした根の先に発芽させたいわば出張所だ。本社は滅んだが、出張所は今やいっぱしの支社となって息づいている次第だ。放っておくと株立ち状態に小枝を密生させてきて、うち数本が幹のごとくになってくる。背丈が伸びるとヤブガラシが歓んで絡みついてきて、鬱蒼たる様相を呈するまでになる。
 根を二本ほどノコギリで切断したことで勢いは弱まったが、まだ命に別状ないようだ。なにせ左右に狭苦しくて作業足場が悪く、主根を退治するに至っていない。
 今は切株にヒコバエが萌え出ている。剪定鋏の必要はほとんどなく、手でむしれるほどの若枝と幼葉である。視過ごしは禁物だから、念のため丸坊主にしておく。

 かくしてふたたび、建屋四辺が周遊できるようになった。他愛もない老後の日常作業と申せばそのとおりだが、冬を前にしての避けられぬイタチゴッコである。