一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

冬の陣



 いただきものをする季節がやってきた。かたじけなくもあり、悦ばしくもある。やれやれふたたびこの季節を迎えられたかとの、感慨もある。

 先頭を切って、従兄からの郷里名産品詰合せである。野菜味噌漬けと海鮮甘酢漬けと、海草塩漬けと魚卵塩辛だ。それぞれ詳しくは、以前の日記で紹介した。
 味噌漬けの袋には、大根と茄子と、長い胡瓜と生姜とが漬け込まれてある。大根・茄子・胡瓜は新潟県産、生姜はタイ産と表示されてある。細かく刻んで、わが膳の角皿に半年間、毎食ひと切れづつ載る。
 甘酢漬けの袋には、鱈のすき身と鱈子と、生姜とキクラゲ。開封してしまえば、一週間足らずでいただいてしまう。
 もずくの塩漬けは、念入りに塩出ししてから三杯酢だが、酢の物小鉢で三回かせいぜい四回分だ。以前は越後方言で「もぞく」と表示されたものだが、近年は全国標準に合せる店が多い。今も「もぞく」商標のままで通す製造会社があるかもしれない。私をして云わしむれば、太平洋のもずくと日本海のもぞくとは、植物学的には同一であっても、別の食いものである。ヌルッと喉ごしの「もずく」と、プツプツ歯ごたえの「もぞく」である。色はもずくがより緑であり、もぞくがより黒みを帯びている。
 瓶詰の魚卵塩辛の材料は真鱈の子で、北海道とアメリカ産と表示されてある。ということは、ブレンドされてはあるもののほとんどが輸入品なのだろう。時代におもねらぬ激烈な塩っぽさで、微量を箸の先にとって粥飯になすり着けることで、絶品となる。このていどの小瓶商品を、私は半年かけていただく。
 いずれも私にとっては、古里の訛り懐かし、みたいな食品だ。

 すっかり暗くなり、身震いするほど冷え込んできた午後八時ごろ、玄関チャイムが鳴った。宅配便だった。長年顔馴染の男で、お名を伺ったあげくに間違えてはかえって失礼なので、あえて「クロネコさん」とお称びしてきた。独り住まいの私が必ず在宅する時間帯を承知してくださっていて、時間外に配達してくださったりする。
 配達員はふつう三年か早ければ二年で、配置異動されるそうだ。いろいろな経験を積ませ、見込みある配達員には業績不振地域や懸念部門のテコ入れに参加させるという。つまり将来の幹部候補を選抜するためと、逆に使えぬ担当を閑職へ追いやるために、頻繁に異動があるそうだ。
 ところがわが「クロネコさん」はこの地域を六年半も担当している例外的存在だ。上司からの度重なる奨めを固辞して、この地域のスペシャリストとしていつも快活な笑顔で、巨きなワゴンを連結した自転車で走り回っている。無遅刻無欠勤だと誇らしげに語っている。古アパートの裏木戸の掛金の外しかたから、どこそこのお婆ちゃんの顔色がここのところ優れないことまで知っている。ひょっとすると行方不明になった飼い猫の居場所だって知っているのかもしれない。

 「またこの季節が来たね。しばらくのあいだ、ご面倒をおかけするけど」
 「なんもです。オレがいるときは大丈夫だけど、非番の日に当っちまうと、解んねえ奴が変な時間に伺っちゃったりするかもしんねえけど」
 「定年になったからね。私も前よりはだいぶ、在宅するようになったから」
 二度足を踏ませてしまったおりには、缶珈琲をひと缶、もち還ってもらうことにしている。買物の途上などに、彼の自転車姿を視かけることがたびたびある。町の顔の一人だ。忙しそうに仕事中だから、あえて声掛けしたことはない。
 「なんもです。声を掛けてくださいよ」
 「ああ、今度からそうする……」