一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

玉子因果




            10月30日/11月6日/10日/12日
            11月15日/17日/19日/21日
            11月23日/25日/28日/30日

 少しは巧くなりたかったのである。で、このひと月、ひたすら玉子を焼いたのである。その結果、お世辞にも巧くなったとは、云えないのである。

 二十年来、一日の玉子摂取は一個までと、習慣づけてきた。コレステロール値に不安があるわけではない。私の主敵は血圧であって、コレステロール値に黄色信号が灯った血液検査なんぞは、一度とてない。だから気を緩めてきたというわけでもないのだけれども。
 私の出汁巻は、玉子三個をもって一単位としてある。所持する唯一の角型フライパンのサイズが、ちょうどよろしいからだ。したがって、焼きあがった出汁巻に包丁を入れて六等分するのだが、毎日ふた切れを食膳に添えて三日間で消費すれば、従来のペースである。だいいち毎日目玉焼き一個を焼くか、スクランブルエッグを一人前作る手間よりは、効率的だとも考えたのだった。

 ところがである。案に相違する次第となってしまった。十月末から十一月六日のあいだは、大学祭があったりして外出がちとなり、あまり炊事をしなかった。できなかった。問題はその後で、三日に一度よりは二日に一度、玉子を焼く場合が多いのである。わが習慣にてらして、まことにけしからぬ仕儀ではないか。
 理由は冷蔵庫問題である。階上の台所にあって拙宅食糧サプライチェーンの枢要たる冷蔵庫が、この夏とうとう体調を崩した。老衰である。常識的耐用年数の三倍は働いたろうから、苦情を云えた義理ではない。すぐさま松下電器産業に連絡を入れて、買い替えればよろしいところだ。
 ところが拙宅にはもう一台、やや小型のサブ冷蔵庫がある。こちらもとうに耐用年限を過ぎてはいるものの、夜中などは私がびっくりさせられるほど元気な音をたてている。両親健在時分に較べれば、食糧流通は格段に減っていて、近年は私の飲料類や急な到来物を収めるていどの働きしかしてこなかった。よってサブの庫内を整理して空間生産性を上昇させたうえで、メイン庫内から冷蔵・冷凍必須の食材だけを移転させればどうにかなるのではないか。さよう判断したわけである。この作戦は図に当った。松下電器産業への緊急連絡は不要となった。

 ところがである。サブの冷蔵庫は階下の水道脇に、つまり私が最長時間を過す部屋の隣にある。机周りからはつい眼と鼻の距離だ。ひと息入れる、気分を変える、口淋しいだの小腹が空いただの、やたらに開け閉めするのである。のど飴でも舐めようか、それともココナツサブレでもかじろうか、まずその前になにか飲料をひと口。さよう感じて冷蔵庫の扉を開けると、眼の前の一等地に、タッパウェア―に収まった六つ切り出汁巻がデンッと構えている。あっ、これがあったか、これでもいいかという気になる。で、玉子三個使いの出汁巻は、三日間はもたないのである。
 年内には一度、ご挨拶かたがたホームドクターのもとへ参上せねばなるまい。ご無沙汰がちにしているので、血液検査しましょうとおっしゃるに決ってる。もし数値につねならぬ変化が生じているようなら、それは冷蔵庫が老朽化したせいである。

 ときに月間十回ていど焼いたくらいでは、腕前の上達はおぼつかない。毎回同じように焼けば、少しは上達するだろうが、さようなことは苦手だ。なにか仕出かしたくなってしまう。薄く焼いて多数回巻きに、厚くじっくり焼いて少数回巻きに。あるいは出汁の量と按配。シソふりかけを投じてみて大失敗。バター(と拙宅で称ぶマーガリン)を投じてみて思わぬ成果。隠し味としての醤油の有る無し。後悔さきに立たず、いや因果応報か。