一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

うたた今昔

 

長谷川 唯。Getty Images の写真を無断で切取っています。

 今の「なでしこ」は強いと思う。

 サッカーファンからは、今さらなにをと嗤われてしまうことだけれども、「なでしこ」と聴けば、澤 穂希や川澄奈穂美を想い浮べてしまう世代の年寄りゆえ、お許し願いたい。
 楢本 光が登場したとき、とんでもない中学生が出てきたもんだと感じた。これを超える逸材は、今後十年以上出てくることはあるまいと。詳しい人に問いかけてみた。
 「たしかにあの子は好いです。けどね多岐さん、下にはまだ、あんなのがザラザラいるんですよ。観ていらっしゃい」
 拍子抜けした。まさかァとも思った。十年以上が経った。さすが専門家の眼は節穴ではなかった。

 マンチェスターティー(マンC )へ移籍後の長谷川 唯はすこぶる好調のようだ。彼女のファインプレーを切取って集めた圧倒的な数のユーチューブ動画が、次から次へと挙ってくる。「なでしこ」の、そして今では世界のミッドフィルダーの一人である。
 ACミランからウェストハムに移籍したとき、いよいよ英国リーグかァと思ったもんだった。が、活躍はしたものの、空振りプレーも随所に観られた。遥か遠くにスペースを発見してロングボールやスルーパスを蹴り込んでも、前線がそこへ走り込まないのである。いわゆるアシスト数を稼ぎきれぬ歯痒さだった。だが対戦相手だったマンC 首脳陣は、観逃さなかった。
 で、マンC への移籍。頂点を目指す名門チームだ。長谷川のパスを受けるのは技術も構想力も一流の攻撃陣だ。ホームの観客もゴールゲットした選手のみならず、なぜそこまでボールが運べたかを賞賛する眼利きたちだ。「天才」「世界で一番巧い女子選手」「女ロナウジーニョ」と、頭に血が上ったような見出しが、あちこちから出てくる。

 素人眼で観ても、長谷川が西洋人観客から喝采を受けるポイントがふたつある。ひとつはパスの視野で、もう一つは足元の技術だ。
 彼女には両耳の上に各一個、後頭部にもう一個、計五個の眼玉がある。さもなければ、あれほど距離のある空きスペースを見つけてノールックでパスが出せるはずがない。また彼女だけは四次元空間が見えている。さもなければ、前後タテに並んでいる相手選手のあいだにパスを通せるはずがない。長谷川にしか通せぬパスがある。眼の肥えた英国のサポーターからは、さぞや人気を博すことだろう。
 長いこぼれ球を拾いに走るとき、また隣ポジションのカヴァーディフェンスに入るとき、彼女の俊足は大型選手に負けていない。両チーム出場選手のうちでもっとも小柄な長谷川がである。よく観ると、脚の回転速度で歩幅距離をカヴァーしている。ということは、球ぎわの争いとなった場合には、大型選手の足がグラウンドに二回着地するあいだに長谷川の足は三回着地するのだ。彼女のドリブルのストップ・ターンや速度変化や方向変更に、大型選手は対応できていない。この点もサポーターの注目を集めることだろう。

 マンチェスターユナイテッドマンU)との一戦、いわゆるマンチェスターダービーでは、相手チームに宮澤ひなたがいた。「なでしこ」のアシスト王と得点王との対決だ。アーセナルとの一戦では、岩渕真奈が長谷川をマークしていた。この九月に引退発表したが、かつて「なでしこ」の主将でありエースだった先輩である。長谷川にしてみれば、久かたぶりに自分より小柄な選手を相手にしたのではなかったろうか。それもこれも、舞台はマンチェスターやロンドンの球戯場である。夢のようだ。
 「失礼だがどちらから? 日本だって? だったらユイ・ハセガワをご存じか?」
 観光客や留学生がパブでさよう問われる日が、もう来ているのだろうか。

 澤 穂希さん、川澄奈穂美さんほか、かつての「なでしこ」レジェンドたちには、どう見えているのだろうか。時代で申せばさらにその前の前くらいの、野田朱美ファンだった私の眼からは、とにかく夢のようだ。
 ところで、ふいに五十歳ほど若返って、だれか選手をひとりガールフレンドにできるとなったら、いかがしたものだろうか。やはり楢本 光かしらん。