一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

冬至を前に



 桜の落葉は、どうやら山を越した。梢周辺には残り葉一枚もない。下枝に散り残しが視られる程度だ。

 日昼は穏やかな陽射しに恵まれても、陽が落ちるととたんに冷えこみが身に沁みる。西高東低の冬型気圧配置だとかで、日本海側は雪もよいだという。もう明後二十二日は冬至だ。
 郷里は今年、猛暑に見舞われた。水不足もあった。農産物の値段は軒並み上昇した。国際間の貿易事情にもよったけれども。こういう年は、えてして豪雪に見舞われるものだと、農村古老の経験は云っている。

 桜の梢近くの枝ぶりは、線香花火のごとき姿となった。隣のカリンの落葉は三分といったところか。山場はまだこれからだ。こちらは年が明けてからも降る。背景の空の色からして、眼にも冷たそうである。


 二十二日は金曜日だ。健康ランド末広湯さんの定休日に当っている。が、冬至だというので、臨時営業なさるという。季節の風物詩というか、国民伝承行事といってよい柚子湯を客に振舞われるそうだ。
 定休日の設定も行事日程も、各店に任されてあるらしく、組合で創ったとおぼしき共通ポスターには日取り欄が空白になっていて、各店で書き込めるようになってある。つまり前倒しも日延べもできたはずなのだが、末広湯さんでは冬至当日にこだわられたと見える。ゆかしき心映えを感じる。

 在日や滞在の外国人さんには、果してご理解いただけようか。昨今日本文化をやたらに褒めそやす言説や、逆に根拠なしに悪態をついた言説にお眼にかかる。いずれも的外れであることが多い。
 娯楽コンテンツの売上げが文化ではない。消費財の価格や動向が文化なのでもない。ただし商習慣の心映えは、紛れもなく文化が眼に見えるひとつ形である。定休日を返上して柚子湯の日とされる末広湯さんの心意気も、ありがてえ一番湯をもらいに行くぜと駆けつけるご常連の心意気も、典型的な文化現象にほかならない。

 末広湯さんでは、ご常連へのサービスや客の組織化を狙ってのことだろう、つね日ごろから通常営業以外にも様ざまな催しをなさる。が、私は一度も寄せていただいたことがなかった。だが今回の冬至柚子湯は、少々考えてみようかという気になっている。