一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

裏の顔



 隣家との境界塀ぎわ。今朝の模様です。

 わが草むしりの日常活動において、眼こぼしの特権を与えられているのを好いことに、我がもの顔で繁茂しております。強風をも氷雨をも軽くいなして、慌てる気配ひとつ見せません。たくましいもんです。憎たらしいほどです。
 ひと眼で彼女がだれかを云い当てられるかたは、さほど多くはありますまい。彼女の習性、素顔、いわば正体についてご存じなければ、なおさらです。


 ちょうど三か月前、同じ場所の模様はかようでございました。かつて第二地帯と私が勝手に称んだ場所です。
 強風を受けたり、ひと晩降り止まぬ雨に打たれたりしようものなら、精魂尽き果てたかのように深ぶかと腰を折曲げて、地面に寝そべったりいたしました。身を護る葉もなく、ただただ長身の茎の頭部に分不相応な大きさの花を着けておりました。
 その姿や花の形に独特な気品があるとして、なまじ丁重な待遇を受けるものですから、彼女もその気になって、自分が花を着けるさいには人間が手助けしてくれて当然だくらいの顔つきでいたのです。かく申す私も、おおいに贔屓いたしました。はい。

 彼女らが風媒するものか虫媒するものかはぞんじませんが、種子は形成いたしません。製造された栄養分はすべて地下の球根へと送って貯蔵し、もっぱら分球によって増殖いたします。したがって花が目立ちさえすればよろしいので、その時期に葉なんぞは邪魔なのでございましょう。そして開花時期はまことに短く、わずか数日で色が褪せ始め、しおれ始めます。花の色は移りにけりないたづらに、でございます。
 花が枯れ切ってややありましてから、にょきにょきと葉を伸ばし始めます。厚みは平べったいながら、先が尖ったような細い葉を、いささかの茎をも成さずにすべて地面から株立ちするように出してまいります。眼を瞠るべきはその速度で、一夜明ければまた伸びているというほど足早に伸ばしてきます。そして、申しましたごとく、憎たらしいほどたくましく、がっしりと処を占めているのです。

 かつて私が第六地帯と称んだ北詰め、すなわち敷地の北東角です。今と三か月前とです。
 あれぇ、か、風がぁ~。
 人間の手を借りなければ、今すぐにでも倒れてしまいそうな、あのなよなよとした風情は、すべて媚態だったのでしょうか。緻密な策略だったのでしょうか。一夜明ければ明らかに丈を伸ばし、日に日に居場所を確かなものとしてゆく、繁茂欲しいままの今の姿は、あまりにもたくまし過ぎます。ですがこれこそが、彼女の素顔なのでしょうか。判りかねます。